長生郡長南町に残る旧郵便局。かつての長南宿の歴史、元教会のような建物 -長南⑵
長生郡長南町の古き良き街並みを歩く。今回の記事から数回にわたって長南町の魅力的な建物を紹介します。
城下町、街道沿いの宿場町として発展した長南町は現在も変わらない歴史ある街並みが静かに残っていました。とても好きな街です。
長生郡長南町の歴史
千葉県長生郡長南町長南。長南町は、一宮川支流三途川上流域に位置し、中世には城下町として、近世には宿場町として、房総往還を通って大多喜や一宮に向かい人々の中継地として、人々の往来があり賑わったという。
上の看板は、これから歩く道のりが東西に描かれている。この日は長南郵便局まで足を延ばした。
明治初年~明治22年までは長南宿と称し、その後昭和30年まで庁南町、昭和30年から現在に至るまで長南町と変遷を遂げている。
前回、長南町郷土資料館前にあった道路元標は庁南町の旧字体で描かれていた。
角川書店『日本地名大辞典』に長南宿についての説明があり、明治30年頃から商業が繁栄したとある。
同30年頃から商業が繁栄し、藁工品・菅笠づくりも盛んであった。明治42年人車軌道長南~茂原間(大正14年廃止)、地内を通る。
それだけではなく、庁南町で生産される藁製品や米などの輸送を中心とした人車軌道も通っていたとのこと。この話は長くなるので割愛するが、今も長南町まで鉄道が通っていたら…と思うくらいには少々訪れるのに不便な立地。
乗合自動車が運行されるようになり、自動車交通が台頭するようになったことで軌道は大正14年に廃止となった。
「古い街並み」というサイトの方が長南の昔の写真をアップしている。いつ撮影されたか分からないが、今は無い建物も写っていて貴重…
味噌屋と道標?
今回はセブンイレブン上総長南店辺りから長南町の中心地へと向かう。
県道沿いにあるのが、老舗の味噌醸造所「㈲藤平由治商店」。味噌の量り売りもしていて、手づくりの味噌はスーパーで購入する量産的な味とは違う深さがあると実感するお店だった。
味噌・麹を製造中。探索後に立ち寄ったので詳しい記事は前回の記事にて→長南の味噌屋「㈲藤平由治商店」。最後の一軒、老舗の味噌・糀製造店へ。長南町のお土産に! -長南⑴
味噌屋からすぐ、東方面に伸びる分岐があるがその角に石碑が斜めに建っている。
場所的に道標かと思ったのだが、古くてよく読めなかった。うーん、もやもやするなあ。
旧郵便局?「プロジェクト長南」
そして探索の冒頭から驚く建物があった。それは愛宕町バス停のすぐ近く。
県道沿い、セブンイレブンの隣にある平屋の建物は、一瞬見た時に「元郵便局では?!」と母と目を合わせた。ワクワク。
Googleマップには記載が無い。そして元郵便局の存在を調べてもネット上にはあまり情報が無く…しかし、いやどう見ても郵便局の外観をしているなあと母と話していた。右側の小窓も受付口そのものだ。
現在は「ギャラリープロジェクト長南」に。と、その下にうっすらと文字が!「局」が見え隠れしている。確実に元郵便局の建物だ!旧長南郵便局、まだ知名度が低いのか、郵便局好き界隈でも話題になっていない様子。
調べると、2014年にプロジェクト長南としてオープンしたそうで、毎月第2土曜、リラクゼーションをテーマに、マッサージや占い、健康に良い食品、地元作家の作品など、小さなイベント「癒しの森」を開催中とのこと。→シティライフ編集室のTwitterより
また、同じくシティライフ株式会社の記事「ギャラリー『プロジェクト長南』が熱い」(2014年)に、昭和54年ごろまで使用していたと記載があった。
昭和54年ごろまで使用していた金庫、昔の呼び出し電話を設置していたという小部屋のある窓口など。旧郵便局の佇まいを残したギャラリー『プロジェクト長南』(セブンイレブン上総長南店裏)がオープンした。『なーんも無い…!!はずないだろう長南町』と冠して、長南町役場と協力し活動する有志の集まり『協働交流サロン』が作りあげた拠点兼レンタルスペース。外壁や看板の塗装、稼働式の展示用壁面、洋式トイレも手作り。
金庫や、小部屋のある窓口など気になる造り。今度オープン時に見学してみたいな。
外観はトタン板や塗装も綺麗だし、華やかな飾りがついていて可愛い雰囲気になっている。元郵便局のレトロな雰囲気を活かして町おこし、素敵だな~!
旧長南郵便局と道標の場所
…話は戻るが、前回郷土資料館近くにあった道標は、元々は長男郵便局近くの分岐に存在したものだと『房総の街道繁盛記』に記載されている。本が出版されたのはこちらの郵便局が閉鎖してからだと思うが、もしかしたら先ほどの碑があった分岐に道標が存在したのではないだろうか。
そう考えると、旧郵便局側から山沿いに一宮へと通じる旧道が続いていたというのも納得がいく。現在の長南郵便局は街道をさらに進んだ南側にあるが、旧道が続いているように思えないのであった。
この本が出版されるまでに十数年の歳月を経ているそうなので、取材時は郵便局が旧郵便局の場所で、その後移転したのかも。
いや~ややこしい。
道標の変遷(おそらく)
旧長南郵便局近くの分岐→長南町郷土資料館近く
商店街と元教会建築?
引き続き街道を歩く。
県道沿いだがとても静かな住宅街が広がっている。
愛宕町会館の隣には、「姨神社」。建物の脇にあるので見逃すところだった。
姨、漢字を見ると姥捨山のイメージがあって、近くの川は三途川だし何か意味があるのかと思ったけど…
三途川に関連して、奪衣婆という衣服をはぎ取る人がいて、別名「姥神」とも呼び、江戸時代末期に民衆信仰の対象になったとのこと。今回見かけたものも、知名度は低そうだがかつての信仰心を知る事が出来る貴重なものであることは間違いない。
一本だけ古い街灯が残っていた。看板の字は読めないが、板塀のある雰囲気。
そして斜め向かいには、元ヤマザキショップ吉野屋。2つ建物が並んでいるので比較的大きなスーパーだったのだろう。
ここから県道は直角のような曲がり角を曲がって南へ進む、その角の敷地も雰囲気がある。
和風の豪邸、庭には子供向けの雲梯のような遊具も残っていた。そしてその隣は、集会所のような建物。
なんだか怪しい…元銭湯?映画館か?
と思い眺めていると、屋根上に木製の小さな十字架らしき物が…
正しいか分からないが、木製の十字架、初めて見た。元教会だったのだろうか…
長南町の探索はつづく。
(訪問日:2021年12月)
-
前の記事
長南の味噌屋「㈲藤平由治商店」。最後の一軒、老舗の味噌・糀製造店へ。長南町のお土産に! -長南⑴ 2022.11.18
-
次の記事
旧長南宿の街並み。三途橋・姨神社~仲宿。寂びた神社や近代建築 -長南⑶ 2022.11.20
コメントを書く