市原市「鶴舞商店会」。かつての城下町に残る老舗・廃校・旧宮崎医院。
市原市鶴舞。古くから栄えた町には現在も商店街やレトロな病院が残っていた。前回に続いて、今回は鶴舞のメインストリートを歩きます!
鶴舞の商店街、メインストリート?
千葉県市原市鶴舞306。市原鶴舞郵便局がある交差点から北西の方向に伸びる道がおそらく商店街のメインストリートだと思う。
前回紹介したが、交差点の南側に道路元標があるのでお見逃しなく。郵便局の向かいは「福屋」と看板があるが、シャッターのイラストが可愛い。
隣は「こがねや洋品店」。呉服、洋品、靴、寝具、よろず屋のような雰囲気だった。
小湊バスのバス停「鶴舞局前」。
洋品店の隣は「石川薬局」。商店街で営業しているのはこの辺りだけである。
隣の鮮魚店、スーパーは閉まっていた。私が訪問したのが休日の朝ということもあるかもしれないが…
隣は、ミヤタサイクルの文字がかすかに読める。現在は閉まっている。
さらに進むもシャッター通りに。向かいにはかつて「高石書店」があった。
「鶴舞商店会」の街灯は残っている。
何気なく見ていたら、民家の間に煉瓦壁が残っていた。
かつては毎月二回、市場も開かれており、商家が軒を連ねていたというその面影は感じられる。
「中野屋洋服店」。閉まっているが立体的な看板に目を惹かれる。
2012年のストリートビューを見るとシャッターが少し開いていたので、少し前までは営業していたのかも。
閉校した学校・病院跡
右手には「千葉県立鶴舞桜が丘高等学校」の跡地。2019年に閉校し、「鶴舞の皆様ありがとう」の看板があった。
そして廃校の向かい側にある更地。かつてここには趣のある主屋と門柱がある邸宅が存在した。
奥の離れと洋館、蔵以外は更地に。今回の目的地はこの場所だったので一足遅かったな…
蔵は残っていた。以前は薄茶色に汚れていたが、屋根が緑で全体的にシックな色で塗り直されている。
洋館とつながっていた和館の廊下も良かったのに…ストリートビューでは2012年の様子を確認することができる。
横道を通って洋館の入り口へ。洋館というか、旧宮崎医院。昭和初期の病院建築!
「千葉県の近代産業遺跡」でも紹介されているが、以前の姿から随分と変わっていた。
現在は医院としては使用されていないが、白と青で統一された塗り直しは、ここ数年内に行われたものだと思う。
保存活用の動きがあるのでしょうか?調べても分からなかった。
壁も以前のモルタル塗りではなく、スポンジのような素材の壁に補強されている。
和館部分がすべて取り壊されているのが惜しいが、病院建築としてこれからも保存されると良いなあ。
鶴舞商店会つづき
鶴舞商店会のつづき。廃校になった学校跡地の先には、明治牛乳の店舗があった。
今回は時間の関係で行かなかったが、北側には「克明館跡(鶴舞藩藩校)」、「鶴舞藩庁跡」の碑がある。
市原牛久の商店街も今度行きたいな~と思わせる広告。
また、店舗のシャッターには鮮やかなイラストが描かれていたが町おこしが行われていたのだろうか。
鶴舞の交差点に戻ってきた。後は、鶴舞公園へと戻る西回りの道へ。
一番上に鳥?のレリーフと屋号が少し見える。
塩とタバコ屋のショーケースから、元商店だったことが想像できるが店名は分からず。
並びには元電気屋、酒屋らしき建物。角の米屋は現在も営業している。
元酒屋?と思われる建物は、シャッターイラストだけでなく壁面も鮮やか。鶴舞を象徴するような素敵な絵ですね。よく見たら、2015年、大学生によって描かれたものだとわかる。
和光大学は東京都の大学だが、なぜ鶴舞に?と思い調べると、鶴舞に和光大学鶴舞セミナーハウスグラウンドがあった。また、和光大学芸術学科Facebookにはシャッターアートを制作したことを発信されている。
その後も、シャッターアートは恒例行事になっていたようだ。→鶴舞商店街シャッターアート完成!
全部で7枚。
鶴舞公園の西側にはレトロなオレンジ色の街灯がぽつり。
ガソリンスタンドや飲食店は閉業し、大きなトラックが通り抜けていった。
鶴舞の探索はこれで終わりだが、病院の今後が気になるな。
(訪問日:2021年12月)
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