「津田沼戦争」から読み解く津田沼の繁栄。津田沼PARCO閉店前に記録しておこう -津田沼⑴

「津田沼戦争」から読み解く津田沼の繁栄。津田沼PARCO閉店前に記録しておこう -津田沼⑴

「津田沼PARCOが2023年で閉店する」とニュースが入ってきたのは2月のことだ。

近隣に住む人々にとって思い出の溢れる場所。千葉県内では唯一のPARCOでもあっただけに反響は大きかった。

津田沼は「津田沼戦争」と呼ばれ商業施設の争いが激しかった街。津田沼の変遷から今を見ていこうと思う。

津田沼の歴史

津田沼は、千葉県習志野市にある。総武本線「津田沼駅」と新京成線「新津田沼駅」。朝夕は通勤・通学客で人通りが多い駅だ。

津田沼という地名は、有名な話だが明治の大合併により、中核となった谷津村・久々田村・鷺沼村の文字を取って「津田沼村」となった。

大正7年(1918)に鉄道第二連隊ができると、津田沼は鉄道連隊の街として知られるようになった。一方で谷津では塩田開発の跡地に谷津遊園が完成し、東京からの行楽地として有名に。谷津遊園から北側の台地には療養地、別荘地としても開発が進んだ。

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津田沼戦争

「津田沼戦争」
当時のメディアなどで表現されていた言葉だそうだ。昭和51年(1976)から昭和53年(1978)にかけて津田沼駅周辺には相次いで大型店が出店した。

・総武線の津田沼…「かつて熾烈な戦争があった」って何事?

現在の津田沼駅
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津田沼戦争が開始

順を追って辿ってみよう。

・昭和51年(1976)「長崎屋津田沼店」開店
・昭和52年(1977)「西部津田沼ショッピングセンター(パルコ、西友)」「イトーヨーカドー津田沼店」開店
・昭和53年(1978)「サンペデック(丸井、ダイエー、高島屋)」開店

大商業施設が続々と開店、集客の争いが激化したことから「津田沼戦争」「戦場にかける橋(総武線・鉄道連隊をかけているらしい)」「津田沼も戦国時代」などと呼ばれた。

戦争は果たしてどこが勝つのか…

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1980年代前半の写真

1980年代前半の貴重な写真を提供していただいた。ありがとうございます!

ダイエー、習志野文化ホール、高島屋、サンペデック…

1980年代前半

新津田沼駅前のイトーヨーカドー。カラフルなテントは、屋上遊園地だそうだ。初めて見た!

1980年代前半

PARCOの屋上には自由の女神像?みたいな巨大な像が。

1980年代前半

像があったことは、他の航空写真で見たことがあるが、この角度は初めて!こんなに遠くからも見えたんだ…一体なんのためにここにあったのだろう。

夜景の写真。津田沼駅周辺、赤赤と光っていてまるで戦争…

1980年代前半
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相次ぐ閉店

津田沼戦争が激化。まず閉店したのは「サンポー(三宝)ショッピングセンター」。

サンポーショッピングセンターは、北口に昭和42年(1967)に開業。3階と4階には「扇屋津田沼店」が出店していたものの、昭和53年(1978)2月に扇屋が撤退、その後続々とテナントが撤退し、1978年7月に閉館した。

イトーヨーカ堂の向かい側にあった長崎屋はわずか3年で撤退し、昭和54年(1979)に大塚家具のショー

ルームに。高島屋は昭和63年(1988)に撤退。近隣に開業したららぽーとではそごうが出店し業績不振に。

現在にかけての津田沼

ダイエー津田沼店、イトーヨーカドー津田沼店は1990年代前半は、全国でも1,2位を争う売り上げであった。

しかし、ダイエーは急速に業績が悪化。平成17年(2005)に閉店した。

北口にあった丸井は平成19年(2007)に閉店、ユニクロがキーテナントの「ミーナ津田沼」がオープンした。サンペデックは「モリシア津田沼」としてリニューアルオープン。現在、南口は高層マンションが建つなど再整備が行われている。

撤退、閉店などを経て現在も繁華街として賑わう津田沼。多くの方にとって思い出のある街なのではと思う。

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津田沼PARCO

津田沼パルコは、2023年2月末をもって閉店する。閉店2年前に発表をしたのだが、43年の歴史に幕を閉じることになる。

・津田沼戦争の象徴、閉店決定したパルコの買い物客数減らした「鉄道の開業」

津田沼パルコ

株式会社パルコが2021年2月24日に出したプレスリリースより。

1.営業終了の事由
津田沼パルコは1977 年7月から、地域の皆様からのご支援をいただきながら、津田沼駅前に立地する商業施設として43 年に亘り営業してまいりました。
その間に、新たに津田沼駅周辺および郊外、総武線沿線等での開発が進行し、競合店舗の継続的な開業・増床リニューアルが続く中、営業力の強化、運営手法の効率化などに取り組んでまいりましたが、2018 年度より減損損失を計上しています。
現状では、地域の多くのお客様に支えていただいておりますが、今後も津田沼駅周辺の再開発が計画されており、店舗を取り巻く商業環境の変化などを中長期的視点にて勘案した結果、建物賃貸借契約の満了時期をふまえ、2023 年2月末をもって営業を終了することを決定いたしました。

1977年に開業。

その背景には、東葉高速鉄道の開通も影響しているという。1996年に西船橋経由で東京へ行くことができる東葉高速鉄道が開通し、津田沼を経由する人々が減少。売上の低迷、建物の老朽化などが重なり閉店となったのだろう。

北口の様子

A館とB館からなる地下1階、地上6階からなる大きな建物。建物は取り壊す予定は今のところはないが、どうなるのかな…

千葉県唯一のパルコ。千葉駅にあった千葉パルコ跡地にはタワマンが予定されている。

2年後に閉店

私も一度訪れたことがあるのだが、パルコB館には映画館「テアトルシネマ津田沼」があった。

1985年~2010年に閉館している。

My funa.net「テアトルシネマ今月で閉館」

当時はシネコンの走りとして話題を呼んだ。現在もミニシアター作品など話題の映画企画上映も行い、全国ロードショーだけでなく、アート性の高い映画の上映も行っていたので、今回の閉館を惜しむファンも多い。

テアトルシネマ津田沼の営業は2月28日まで。現在は上映している映画は、「おとうと」「ゴールデンスランバー」「カールじいさんの空飛ぶ家(2月5日まで)」

私が観たのは「カールじいさんの空飛ぶ家」だった。となると、閉館ギリギリに行ったことになる。確かにお客さんは誰もいなかった。小さな劇場で、他の映画館とは違っていた。

小学生だった私は閉館するなんて気にしていなかったけれど、雰囲気が良かったのを覚えている。また行こうと思ったら閉館していて残念だった。

パルコのネオン

パルコが閉店、と聞いて真っ先に思ったのがパルコ入り口にある喫茶店「サンヨー」だ。しかし、パルコの建物が取り壊しにならない限り、閉店にはならないという。良かった。

パルコ

他にも色々なお店があり、思い出話は尽きないだろう。

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サンポー(三宝)ショッピングセンター

サンポーショッピングセンターについて

サンポーショッピングセンターは、津田沼戦争前、昭和42年(1967)に開店したショッピングセンター。昔の津田沼を知っている人は覚えがあるのでは?

現在のみずほ銀行のあたりとされている。地下1階~4階の建物は、当時はまだ駅前にバラック小屋のような建物が並んでいた時代にはよく目立っていたのだと思われる。

現在の北口

区画整理事業が行われ、大規模店が出店するまで、津田沼駅周辺では最大の店舗であった。昭和53年(1978)に閉店した。

パスタビルは、大正時代に創業した「かし熊」のビル。かし熊は、令和2年で100周年を迎えている。

・かし熊社史2020

パスタビル

最初の30年間は旅館業、次の30年間は飲食業、現在の40年はビル賃貸業にマクドナルドと業態を変えながらつづけている。

かし熊のビルだ

そして、「三宝ビル」は現在も残っている。パスタビルの裏手、カラオケBanBan津田沼店が入っているビルだ。

【サンポーショッピングセンターの様子】

サンポーショッピングセンターに小さいころ通っていた方からの情報。(記憶なので完全に合っているかはわからないが)
地下1階:食料品
1階:紳士服・靴(屋外にファーストフード店)
2階:婦人服
3階:家具・寝具
4階:本屋・おもちゃ
?レストラン街
屋上:小さな遊園地

地下:一番奥にソフトクリーム屋(バニラ・チョコレート・ミックス)

10月に「大福引大会」があり一番の楽しみだった。100円・50円・10円玉のつかみ取りができたそうだ。入り口はメイン通り側と当時のバスターミナル側の2か所。

サンポーショッピングセンターはとても良かった、と取材した方は話していた。

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駅北口ビル

駅北口、新京成線へと向かう途中にあるビル。

様々なテナントが入っている

ビル内にあった本屋「BOOKS昭和堂」は平成30年(2018)に閉店。その後令和元年(2019)には創業昭和46年の老舗喫茶店「シャローム津田沼」も閉店。現在はタピオカ店になっている。

津田沼駅南口

津田沼駅南口。目の前に高層マンションが建っている。

津田沼駅南口

モリシアは元サンペデック。高島屋とダイエーがテナントだった。現在急速に開発が進む南口も、最近まで畑が広がる地帯だったそうだ。

モリシア

習志野文化ホールが併設され、コンサートなどが開催されている。

津田沼歓迎

津田沼戦争はややこしく、まとめるのが大変なくらいだった。

南口からパルコを眺める

パルコが閉館するのは2年後。

2年なんてあっという間だ。後悔しないように撮影しておこう。

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津田沼こぼれ話

津田沼に関することをまとめておこう。

・アーケード商店街
『津田沼の今昔』にて、津田沼駅から新津田沼駅方向にかけてアーケード商店街が賑わっている写真が掲載されている。今は無いアーケード。この話を知っている方は意外と少ないのでは?

・「スキーイングイン津田沼」
室内スキー場として有名な「ザウス」より前に、日本初のオールシーズン室内ゲレンデとして1991年にオープンしたのが「スキーイング津田沼」だそうだ。

現在の新津田沼駅前のイオンモールが跡地。

「追憶のゲレンデ」さんが詳しくまとめている。日本初だったとはびっくり…

・「津田沼ファミリーレーン」
「思い出のボウリング場」さんが写真とともに「津田沼ファミリーレーン」をまとめている。

このボーリング場も、現在のイオンモールの近く、線路沿いにあったが、平成15年(2003)に閉鎖された。

・「千葉エースレーン」
同じく「思い出のボウリング場」さんに詳しくまとめられている「千葉エースレーン」。習志野遊戯んきょの向かい側にあったボーリング場は、平成26年(2014)に閉店。

私もこのボーリング場の存在を知っている。廃墟だったので気になっていたら、いつの間にか無くなっていた。

 

津田沼の昔の写真が載っている本↓

 

(訪問日:2021年1月)

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