木下街道を探索|豊富村道路元標~旧白井宿の商店街の街並み ―白井⑴
船橋市豊富にある豊富村道路元標から始まり、白井市の商店街、顕彰碑、銅板が美しい建築を巡りました!2022年最後の旅が始まります。
豊富村道路元標
千葉県船橋市神保町「豊富村道路元標」
県道288号、人気観光地「船橋市アンデルセン公園」の近くの丁字路正面に、豊富村道路元標がひっそりと建っている。
豊富村。角川書店『日本地名大辞典』を読むと、明治22年~昭和29年まで存在した村。豊富な繁栄を希望して豊富村となったらしい。
役場が神保新田に置かれ、明治35年に豊富高等小学校が開設されている。豊富小学校があるのはアンデルセン公園を挟んだ東側。道路元標からは少し離れている。
白井市 顕彰碑と旧商店
北上し、白井市白井、県道59号へ。
既に閉まっているが気になる古い建物を発見。2014年のストリートビューを見ても既に閉まっていて何のお店だったのか…食堂っぽい気もする。
その向かいには、全日食チェーンの山口屋。街灯には「白井市サービス商会」とあるので商店街ということが分かる。
この県道を少し行った右手に、「そろばん博物館」がある。いつか行ってみたいと思っている。
白井市白井コミュニティセンターに大きな碑があるのが気になったので近づいて見た。
「石橋源四郎氏顕彰碑」厚生大臣の揮毫。これはただものではない!と感じた。
裏面には文章がびっしり、白井村を中心とした寄付額も記載されている。
白井市郷土史の会Hさんの記事が詳しい。というか、白井市に郷土史会があるんですね!その活動も気になる。白井市の歴史は私は全く詳しくないので勉強したい。
記事によると、この場所は明治~昭和10年代まで小学校、その後に国保診療所があった場所らしい。
石橋源四郎氏は流山市の出身で、後に神々廻地区の人となり、昭和21(1946)年から23(1948)年まで白井村(当時)の村長を務めた方です。
また、白井市にとっては、昭和24(1947)年に完成した国民健康保険組合直営病院(のち国保診療所)の開設に尽力され、医療に恵まれない農村への病院開設という住民の願いを実現させた人物としても知られています。石碑の文字の揮毫者が厚生大臣・小林武治氏(当時)であることからも、その功績の大きさが想像できます。
そして県道59号を再び東へ。
一瞬で目を奪われた建物!!
板金の施工業者、既に閉業しているみたいですが、左右に残っている銅板が素晴らしい意匠。
向かいには日蓮宗秋本寺。県道沿いにはそんなに古い建物が残っていないかと下調べをせずに訪問したが案外残っていて驚いた。白井市のポテンシャルが高いことに気づいた日でした。
(訪問日:2022年12月)
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