「八鶴館」東金が誇る”千葉の三大旅館”木造三階建旅館建築を見学 -東金⑾

「八鶴館」東金が誇る”千葉の三大旅館”木造三階建旅館建築を見学 -東金⑾

「八鶴館」は千葉県東金市、八鶴湖の湖畔にある、明治創業の割烹旅館の建物。「千葉の三大旅館」と称され、現在は本館、旧館含め六棟が国登録有形文化財に登録されています。

旅館業は閉業していますが、レストランが営業中。また、建物を保存していくための活動も盛んです。ボランティア活動や募金も募っているので、興味がある方はぜひ参加してみてください!

八鶴館の歴史

千葉県東金市1406。JR東金線「東金駅」から徒歩10分ほど。

八鶴湖の湖畔にある「八鶴館」へ。

八鶴館へ

明治18年(1885)創業。

明治初期の東金は、九十九里地方からの農海産物の集積地として栄え、「東金旦那」と呼ばれる多くの豪商がいたという。

そうした豪商らが共同出資して「東金公会堂」という寄合所を建築。その後、八鶴湖周辺には旅館が一軒も無かったため、八鶴館が開業したと言われている。

その後、明治33年に房総鉄道の延長として「東金駅」が開業。これに合わせるように宿泊館として旅館業を本格的に開始したのがはじまりだという。

「千葉の三大旅館」とも称され、戦前から平成にかけて多くの人々で賑わった。三笠宮殿下、高松宮殿下も御来観、昭和22年には学習院中東部在学時代の現上皇陛下もご宿泊されている。また、『野菊の墓』などで知られる歌人・作家の伊藤佐千夫も、八鶴湖を舞台に「春の潮」などで作品を残している。

文人墨客に愛された旅館

多くの文人墨客に愛された老舗旅館。

割烹旅館時代のラベル

しかし、建物の老朽化による維持費増加によって運営が悪化、バブルの崩壊などによって平成18年(2006)に経営破綻。一時期、取り壊しの危機になったが、地域の人々が莫大な資金を集め、八鶴館を買い取り、株式会社八鶴亭を設立。割烹料理店「八鶴亭」として地域のランドマークが復活するも、度重なる自然災害や新型コロナウイルスによる長期休業により、2021年3月に廃業となった。

現在は、本館の建物を飲食店に賃貸し、「レイクサイドレストラン八鶴亭」が営業中、保存会が発足し保存活用について地域全体の課題として取り組んでいる。

営業中
レストランのポスター
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みんなの八鶴館

八鶴館は、東日本大震災の被害を受け、クラウドファンディングを実施するも、令和元年の台風15号で現在も被害を受けた箇所が生々しく残っている。

新型コロナウイルスなどの影響で桜まつりの中止、レストランの長期休業など厳しい状態が続いていたが、昨年「みんなの八鶴館」という文化財の保存・活用を目的とした団体が結成され、清掃ボランティアやイベントの開催など、TwitterFacebookなどで情報発信を行っているのでぜひチェックしてみてください。

「国登録有形文化財 八鶴館の保存活動に寄付をお願いします」↓

◯貸室・貸ホールを利用する
◯ボランティアで一緒に汗をかく
◯主催のイベントに参加する
◯SNSなどを通じて活動をシェアする
それと
◯募金・寄付をする

国登録有形文化財建物 八鶴館の維持管理がたいへん厳しい局面に来ています。地域の商店主らを中心とした有志が所有者に働きかけ保存会を立ち上げました。現在、6棟ある建物群のうち1棟を飲食店に賃貸し、残りの建物を地域のボランティアで月2回の清掃・美化活動をしながら、貸室等で活用を模索しています。

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八鶴館の建物について

八鶴館は、本館・新館・宿泊館・浴室棟・ビリヤード棟が国登録有形文化財に登録されている。

説明看板

八鶴湖から建物を眺めて、右棟が「本館」、中央部が「新館」、左棟が「旧館(奥館・宿泊棟)」となっている。旧館に隣接する「別館ホール(さくらホール)」は後年結婚式場として建てられたもの。

館内の案内

旧館が大正7年頃築の木造2階建て、本館が昭和初期築の木造2階建て、新館が昭和12年築の木造3階建てである。浴室棟、ビリヤード棟も昭和前期のもの。ほぼ建築当時のまま、大正~昭和にかけての意匠が現在も保存されている。

つい最近、千葉県では成田山新勝寺参道の木造3階建ての旅館「大野屋」が解体されてしまった。そのため、県内ではこれだけの規模の建物は東金の八鶴館を残すのみ…本当に貴重な建物。

木造3階建て

建築ツアーを開催している方が「皆さんが来てくださること、興味を持ってくださることが一番嬉しい」と話していたのが印象的だった。

解体され、無くなってからでは遅いのです。これだけの建物を維持管理するのは大変なこと。実際に足を運ぶことが一番の助けになるのです。

また、八鶴湖(はっかくこ)は、徳川家康が東金御殿を築造の際に池を広げてつくられた人造池。周囲には約1000本の桜が植わっており、毎年4月上旬になると「東金桜まつり」が開催され賑わう。文化財の八鶴館と合わせて風光明媚な東金の街並みを楽しんでみてはいかがでしょうか。

2021年8月訪問

私は8月に開催された、一般公開に参加。別館のホール側から八鶴館の建物をじっくりと見学したので細かくレポートします。

一般公開へ
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旧館(宿泊館)

別館のホールで靴を脱ぎ、繋がっている旧館へ。「宿泊館」「銀杏館」とも呼ばれている。

旧館

旧館は、大正7年(1918)頃に建築された木造2階建ての寄棟造桟瓦葺屋根の建物。

美しい中庭も堪能できる。中庭の奥にあるのがビリヤード棟の建物。後で紹介します!

中庭に面している
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旧館、1階

旧館の1階。廊下の端から端まで伸びる一本柱の大きな梁が素晴らしい。

一本の梁

こちらは八鶴湖とは反対側だが、中庭の眺めも素晴らしく、夏でも風通しが良いのでエアコンなどは必要ないくらい涼しく感じる。

中庭から風が抜ける

旧館1階の客室。欄間には、何かが隠れていますが気づきますか?

旧館一階の部屋
鶴が隠れている

正解は、八個の鶴=八鶴館!昔の人の発想が面白い。粋ですね~

窓も素敵

七番

違う角度から。旧館の奥にあるのが、結婚式場として使われていた別館のホール。

客室を囲む廊下
立派な木々

廊下のガラスには、「鉱泉」の金色の文字。

鉱泉

調べると、大正15年の千葉県による鉱泉調査が行われ、古くから「東金鉱泉」として名を知られていたことが分かった。現在は鉱泉は利用していないようだが、それに関係するのか長い煙突が残っている。

丸窓
廊下
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旧館、2階へ

まずは旧館の2階へ。昔のままの急な階段が残っている。

左手に階段がある

元々は、階段の向かい、写真右手が旧玄関だったそうだ。別館ホールを建築された際に玄関部分は取り払われ、本館から続く通用廊下が増築。現在も梁などに旧玄関の面影が残っているのだとか?

旧館2階
2階からの眺め

廊下に面した部屋の造りが凝っていて、ここで旦那衆が粋な遊びをしていたのかなと想像するのも難くない。賑やかな宴会の余興が今にも聞こえてきそう。

とても好きな一角

三番

旧館の2階は、現上皇陛下がご宿泊されたと説明があった。確かに部屋からは八鶴湖が一望でき、見晴らしも良い…

ご宿泊された客室
眺めが素晴らしい

奥には元お手洗いがあったのだろう。現在は椅子が並べられている。

客室周辺
廊下の照明
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新館(木造3階建て)

次は、中央部分にある木造3階建ての新館へ。昭和12年(1937)築の入母屋造桟瓦葺屋根の建物。

新館

”新館”と言えども、築90年近く経過している歴史ある建物。敷地内には小さな社も。

小さな社
廊下
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新館、2階へ

新館の2階へ。

階段
階段脇の丸窓

階段の右手にある20畳の富士の間。

富士の間

外の手摺が富士山…

富士山?

比較的広い部屋なので宴会場として使われていたのかな?

立派な床柱

奥には御手洗い。タイル張りの洗面所。

御手洗い

洗面台と瓢箪のデザインの窓。

洗面台
全面ガラスの廊下

廊下の下の細工、丸い木の飾りは一部外れてしまっていた。

廊下の飾り

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新館、3階

新館の3階へ。階段の手摺は曲線が美しく、手触りも滑らか…

階段の手摺
3階へ

2階は中小宴会場、3階は宿泊場となっていたのでは?とパンフレットにある。

階段近くの部屋

3階からは東金を一望できる。こんな素敵な建物が千葉県に存在したことを今まで知らなかったのが悔やまれる。旅館時代に訪れてみたかったな。

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ビリヤード棟

旧館と新館の間の通路を通って、ビリヤード棟・浴室へ。いずれも昭和前期の建造である。

廊下にある鏡

廊下にある鏡には「浴室」の文字。矢印、浴室のフォントが痺れる…

”室浴”

廊下の押し入れ

ビリヤード棟に繋がる廊下の手前にある、水色のタイルの洗面所。

洗面所
小さな鏡

洗面所の向かいの鏡にも「鉱泉」と描かれていた。

鏡に鉱泉

ビリヤード棟・浴室棟につづく木製の渡り廊下…ギシギシと鳴る木の音が心地よい。
ここを通って浴室へ行けた時代が羨ましいな…

木の渡り廊下がつづく

唯一洋風なビリヤード棟。ビリヤードが旅館にあることに驚いたが、最盛期の昭和12年頃は全国に2万軒ものビリヤード場があったそうだ。ちょうど最盛期にビリヤード棟が造られたことが分かる。

ビリヤード棟

木造平屋建寄棟造で赤色の浅瓦を葺いた建物。純和風の八鶴館の建物内で一際存在感を放つ。

ビリヤード棟の窓ガラス

部屋の床は崩れてしまっているので現在修復中だそうだ。将来的にはビリヤード台を置いて、カフェなどとして活用したいとのことだったので楽しみ。

修復中

照明の付け根、少し壊れてしまっているがこちらも修復されると嬉しいな。

照明の付け根のデザイン
緑の色ガラスも美しい

廊下の上を見上げると、老舗菓子店の広告…!これは貴重。

広告が残っていた

「東金名物 ゆづ羊羹 湖月煎餅」
東金名物を販売していた、明治31年創業の菓子店「湖月堂」は、平成30年をもって破産…

千葉・東金の和菓子店「湖月堂」に破産決定、ゆず羊羹有名

現在は東金名物を購入することができないのが寂しい。

また、ビリヤード棟には出入口も。

外から見た出入口
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浴室棟

昭和前期に建築された、寄棟造桟瓦葺屋根の浴室棟へ。

浴室棟へ
御手洗いのプレート!!

一番奥にある浴室から。プレートや看板も昔のまま。

浴室へ

広い脱衣所が目の前に。窓ガラスも洗面所のタイルも綺麗に残っており、旅館時代で時が止まっているよう…

脱衣所
窓ガラス

右手には大きな鏡と棚。

大きな鏡と

大浴場は、昭和63年に内外改装しているそうだ。現在も使えそうなくらい綺麗。

大浴場
浴槽
輝くタイルの床

さらに奥にはボイラー室?当時、浴場には温度管理をするための風呂番が常駐していたとか。

天井

さらにもう一つ、家族風呂もある。

御婦人
扉には”御家族浴室”

入り口に「御婦人」と書いてあったので、女性用のお風呂として使われていたのかもしれない。

家族風呂は楕円形の浴槽。こじんまりとした浴室だが、内装はとても凝っている。

家族風呂
シャワー付き
市松模様がモダン
唐傘天井

また、旅館の時に使われていた浴衣やタオルなどが展示されていた。

八鶴館の浴衣
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本館

昭和前期に建築された、木造2階建ての母屋造桟瓦葺屋根の建物。

レストラン入り口

玄関の天井は「山武杉」というもので、釘を一本も使用していないのだとか。見逃したのでまた今度じっくり見たい。

現在は、1階の60畳の大広間でレストランが営業中。割烹旅館「八鶴館」と描かれた木の看板も見ることができて嬉しい。

割烹旅館の看板

また、昔使われていたのであろう箪笥や棚なども並んでいた。

オシャレな棚!
文化財の看板

入り口脇は応接間。

応接間
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本館、2階

本館の2階へ。大広間の脇の階段を昇る。

2階へ

2階へ。花が飾られている棚の上には昔はどのようなものが飾られていたのかな。

花が飾られていた

まずは左手の客室、萩の間と桜の間。

萩の間と桜の間
萩の間
八鶴湖

各部屋の入り口に指し掛け屋根を付け、床柱や天井、棚など各部屋ごとに特色が異なる。

桜の間とお手洗い
天井

桜の間らしく、桜の木を使った床柱。部屋の名前にちなんだ意匠に注目。

床の間
窓から新館を眺める
男性の御手洗い

次は右手に広がる客室。

さらに4部屋が続いている。灯りが灯って幻想的な雰囲気に。

本館2階の客室

竹の間

竹の間の欄間は、竹と鳥が彫られている。

竹の欄間

客室の一番奥に、もう一つ階段が…

奥にある階段

これはお忍びで訪れる人のための階段とも言われている。

現在は使われていないが、裏階段を通って従業員にもバレずに部屋へ行くことが可能。

階段に最も近い客室が「楓の間」。今でいう、VIPルームとのこと。

楓の間

廊下側から客室の間に一枚の壁があり、他の部屋に比べて厳重なつくり。お忍びで使われていたのも想像できる。また、入り口脇の下にある小さな小窓からも料理を出し入れしていたのだろう。

東金では花街も発展し、この八鶴館でも芸者を呼び宴会、また密会をしていたこともあるはずなので、世間に知られたくない方々がこの部屋を使っていたのか…興味深い。

楓の間の天井

また、階段の奥には御手洗い。

階段横の御手洗い
洗面台

壁には湖月堂の「ゆず羊羹」の広告入りの鏡も。これも貴重…

湖月堂の鏡
女性側の御手洗い

御手洗い自体は改装されていてとても綺麗。床下はカラフルなタイルで可愛かった。

カラフルな床

元々男性客が多かったため、女性用の御手洗いなどは少なかったのだとか。確かに東金の旦那衆含め、こうした旅館を利用する客層は男性が多かったに違いない。

また、本館には地下も…?倉庫のようになっているが、それを含めると総4階建てってこと?今度詳しく聞いてみよう。

倉庫?
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唯一無二の文化財

見学後、八鶴館で育った方に色々とお話を伺う事ができた。一般公開では、普段は入れない本館の奥の部屋も見学させていただきました。

本館の奥の部屋

和室の部屋の奥に、八鶴館の金庫が存在した。”東金鉱泉”の文字入り。

八鶴館の金庫

お話を伺った方からは、「玉川旅館の二の舞にはしたくない」という強い決意が感じられた。

玉川旅館は、同じく国登録有形文化財に登録されていた千葉県船橋市にあった老舗旅館。太宰治ゆかりの旅館としても有名だったが、2020年4月に廃業。現在は更地になっている。太宰治ゆかりの船橋「玉川旅館」いよいよ取り壊し。登録有形文化財玉川旅館、最後の記録

地元の方々の活動も虚しく現在は高層マンションが建設中…

そのため、千葉県では八鶴館レベルの木造建築は残り少なく、八鶴館はまさに”唯一無二”の建造物といえる。でも、そのような八鶴館が現在存在するのも、地元の方々の甚大な支えがあるからこそ。ここまで地域で一致団結し、老若男女問わずボランティア活動をされている街は今まで見たことが無い。見学会の日に初めて東金に訪れたが、すれ違う方々が皆さん声をかけてくださり、本当に素晴らしい街だと思う。

 

短い見学時間の間に回した動画から、八鶴館の紹介動画を簡単につくってみたので雰囲気を知りたい方はご覧ください。

 

ただ、この動画を公開した時に、「こんな簡単に紹介動画をつくってほしくない」という意見も頂いた。地元への愛が強すぎるあまり、かえって他の街からの来訪者を寄せ付けない雰囲気もあるかもしれない。それも含め、東金の凄さを実感。

私の動画は雰囲気を味わえればと思い作ったものなのでそこまでの価値はないですが、八鶴館に興味を持つ方が増えると嬉しいです。

 

 

 

(訪問日:2021年8月)