「トイスラー記念館」を中心に中央区明石町の外国人居留地の名残を探索。

「トイスラー記念館」を中心に中央区明石町の外国人居留地の名残を探索。

月島からはじまった探索。勝鬨橋を渡って中央区明石町へ。この辺りは、発祥の地や生誕の地など歴史的な名所が数多く、すべて回っていると1日暮れてしまいそうなくらい見所がある。

その中でも、トイスラー記念館を中心に紹介。

明石町のガス街灯

東京都中央区明石町周辺を歩いていると、オシャレな街灯を発見。どうやらガス街灯みたい。

ガス街灯柱

この場所から少し離れた場所に、明石町の築地居留地で使用されたとされる街灯柱が残っているらしい。

外国人居留地の往時を偲ばせる、明治時代の遺構。

明治時代の面影

電気などが無かった明治時代、ガス灯の明るさを初めて見たらさぞ驚いたんだろうなあ。

街灯の近くにはアメリカ公使館跡の看板。築地が外国人居留地だった時代があったことも初めて聞いたので、今とは違った歴史が見えて面白い。

アメリカ公使館跡の看板

明治2年(1869)に設けられた築地の外国人居留地。公使館や領事館、宣教師などの知識人によって開かれた教会や学校などが多くつくられた。

文教都市として知られ、青山学院や明治学院などこの場所が発祥の地である学校も多くある。

慶応義塾大学発祥の地

タイドーム明石

タイドーム明石は「中央区立郷土天文館」。日本橋、銀座、築地の歴史が学べる博物館。

タイドーム明石

常設展示だけでなくプラネタリウムもあるみたいで、とても気になる。今回は時間が無かったので残念。

聖ルカ通り

築地から明石9番までの「聖ルカ通り」。名前の響きからしてこの場所の外国人居留地としての歴史が垣間見える。

アメリカから友好の印として贈られたハナミズキが咲いている。

ハナミズキ

明治元年(1868)から明治32年まで明石町に置かれた築地外国人居留地。

聖ルカ通り

明治33年に来日した、宣教師トイスラーとの関わりが深い建物が聖ルカ通り沿いにある。

聖ルカ通りから公園へ

道には立教大学発祥の地の碑。明治7年(1874)に私塾、立教学校が開設されたのがはじまり。

立教大学

トイスラー記念館

茂みの奥に素敵な洋館のような建物が見える。わくわく。

奥に見えるのは

中央区民有形文化財に指定されている「聖路加国際病院 トイスラー記念館」。

聖路加国際病院 トイスラー記念館

昭和8年(1933)に聖路加国際病院の宣教師館として建設された建物。鉄筋コンクリート2階建て、一部木造の西洋風住宅。当時は隅田川畔の明石町19番地に建設されていた。

ヨーロッパの山荘を思わせる外観に惹かれる。

昭和8年建築

平成元年に解体工事が行われ、平成10年に明石町10番に移築復元。創建当時の様子と再現した建造物となっている。

煙突が特徴的

玄関の部分が素敵。本当にヨーロッパの山小屋みたいな雰囲気。

玄関

トイスラー記念館のプレート。事前に申し込めば内部の見学もできるみたい。

プレートも
くるん

映画に出てきそうな洋風住宅。外観しか見れないけど、目の保養になる~

とても可愛い!

色合いも鮮やかで素敵。木が生い茂っていて暗い写真になってしまったけど…

色合いが素敵
斜めの屋根

裏に回ってみると窓からカーテンの様子が見える。

裏の窓
ひっそり佇む

聖路加国際病院

聖路加国際病院は明治35年(1902)にアメリカの宣教師ルドルフ・トイスラーによって創設された病院。

聖路加国際病院について
聖路加国際病院

 

ガス灯から、トイスラー記念館など中央区明石町には外国人居留地だった頃の名残が今もなお残っている。

築地市場とも近い距離であるのに、この一帯は違う空気が流れていた。

 

(訪問日:2020年10月)