佐原・花街の歴史。赤線の面影残る裏通り、チャンカ通りと「二業組合」 -佐原⑿

佐原・花街の歴史。赤線の面影残る裏通り、チャンカ通りと「二業組合」 -佐原⑿

佐原の花街・赤線について。江戸時代に利根川水運で栄え、その賑わいは「お江戸見たけりゃ佐原へござれ 佐原本町江戸まさり」と唄われていたほど。その賑わいの中で発展した、花街・赤線の歴史も合わせて調べてみました。

佐原の花街の賑わい

江戸時代、利根川水運で発展した佐原。江戸時代、佐原は「下利根附第一繁昌の地なり。」と『利根川図誌』(赤松宗旦)は述べているように、佐原を流れる小野川は舟運が盛んだった昭和初期頃まで川面が貨客船で埋まっていたという。

同じく利根川沿いの銚子には遊廓「松岸遊廓」が、小見川も花街が存在し賑わっていたことは以前まとめたが、佐原の賑わいを考えると、佐原の町にもそうした花街や赤線などが発展したとしても自然である。

以前、佐原に訪れた際に裏通りの色街跡について調べたことがあったが、今回は「佐原町並み交流館」の方にも伺ってみた。「色街は存在した。船の人々が泊まる旅館の裏通りにあったよ」「チャンカ通りにもあったかな」と教えていただいた。

佐原の色街について同じように探索している方は多いが、チャンカ(茶花)通りまで詳しく調べている方は少ないので、今回の記事では網羅的に調べたい。

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資料から見る佐原の色街

いくつかの資料から佐原の色街について見てみましょう!普段活用している『全国遊廓案内』には佐原についての記述はないので”遊廓”は存在しなかったと思われる。

佐原町鳥瞰図

昭和5年(1930)、松井天山が描いた「佐原町鳥瞰図」。裏面に鳥瞰図に載っている商店などの名前がまとめられているが、佐原は料理店の数がとても多い。旅館、料理店の一覧から、料理店について引用する。旅館については以前の記事で→佐原・旅館の歴史「木の下旅館」をはじめ文化財「木内旅館」など -佐原⑽

旅館 料理店
伊勢新 和洋料理
ことよし 料理
明月 料理
吉田楼 料理
丸工館 下宿
阿ら兼 割烹
末広 料理芸妓業
水月 料理
笹屋 料理
吉本 料理
武田家 料理
新吉田 料理
小倉支店 料理
本鶴岡 料理
伊勢家 料理
千鳥 料理
鈴吉家 料理
春乃家 料理
光月 料理
都川 料理
清寿美 料理
菊廻家 料理
東屋 料理
植寿喜 料理
福原 料理
倉加和 料理
喜よし 料理
小杉家 料理
若満津 料理
長谷川 うなぎ蒲焼
新鶴岡 料理
新菊島 料理
福田屋 料理
家志路 和洋料理
蛇乃目 蛇乃目寿司
キカク軒 和洋料理

全部で36軒!すべてが関係する場所とは限らないが、現在も残っているお店もあるかも。

また、鳥瞰図には「二業組合」も描かれている。

中央商店街の馬場本店酒造の東側、小川薬局の横道を進んだ裏道にあったようだ。その先を進むと「チャンカ通り」に繋がっているので位置関係的にも納得。

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全国女性街ガイド

全国女性街ガイド』(渡辺寛 著、昭和30年、完全復刻)より

釣師がよく遊ぶ。それだけに地味で年増で三十名。花代は二百五十円、次時から二百円、美形更になけれども千葉県にめずらしくしっとりとした色里である。

昭和30年(1955)の赤線時代の佐原についての紹介である。

”しっとりとした色里”というのが佐原の特徴らしい。今の佐原もそうだが、他の街と比べて静かで品のあるイメージを感じるので色街の面も品がある雰囲気だったのかな。

 

房総ガイド

『房総ガイド』(昭和38年、千葉日報社)より

佐原は水郷を舞台に文人、墨客や釣師の好むところ、成田は寺の参詣客を専門として色街花咲町はあつても、さしてとりたてて脂粉の噂の立たぬところである。

赤線廃止後の千葉県のガイドブック。佐原は文人墨客や釣師に好まれるが、そこまで脂粉(しふん)=紅と白粉=女性の噂は立っていないとのこと。

その次に載っていた、佐原の芸妓人数と料金について。

各地の芸妓人数と玉代はつぎのとおり。
〇佐原 四十五人。
二時間 九百円。

赤線廃止後なので、芸妓の紹介のみ。

曖昧な青線的な場所は存在したかもしれないが、実際の事は分からない。

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ブログより

他の方々のブログには今は無き建物も写っていて、今回記事を書く際に参考にさせて頂きました。

佐原・町並み保存地区と裏通りの色街跡 |(Nostalgic Landscape)
千葉県の水郷観光地「佐原」に花街跡っぽいそそられる路地裏飲食店街がある件(東京Deep案内)
「小江戸・佐原」を歩く。レトロな街並みに潜む、花街らしき裏路地がシブい(すごいお雑煮)

最後の記事は、私が2020年3月に他のサイトでライターとして書いたもの。この時はまだ遊廓や赤線について調べる前、というかブログすら始めてなかったので浅い記事ですが…

 

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赤線地帯の現在

千葉県香取市イ497−11。観光客で賑わう小野川沿い。その一本裏道に色街が存在していたということをどれほどの方が知っているでしょうか。

共栄橋の西側、木下旅館の北側の裏通りへ。

小野川沿いから裏へ

手前にあった建物が無くなっているが、ここが裏路地の入り口。車は通れない。

裏路地へ

初めてこの場所に訪れた時、観光客で賑わう佐原の別の顔に触れた気がして、今まで見ていた佐原の街は明るい表側だけだったのだなと実感した。

かつての色街

現在も営業中の飲食店の看板が並ぶ。左手には「焼肉会館」。

焼肉会館

鳥瞰図を見るとこの辺りに料理芸妓業の「末広」があった。

おっかぁ

居酒屋「おっかぁ」の隣のピンク色の外壁の建物も妖艶な雰囲気。

ピンク色の外壁

隣はスナック「ポトス」。

ポトス

隣の煉瓦積みの外壁が印象的な居酒屋「一葉」は3階建て。今の外観からは信じられないが、昭和46年の住宅地図では「パチンコ福助」と書いてある。

一葉

その向かいには、昭和62年の住宅地図では「割烹つる岡」とあるが現在は個人宅に。

ポトスと一葉の通りの奥は小料理屋「いなか」。

裏路地

角にある茶色のタイル柱が特徴的な2階建てのビル。ここは昭和46年の住宅地図では「バー街角」とある。

バー街角

この建物の入り口に、佐原の色街唯一の証拠が残っている。これを見つけた時は目が飛び出るほど嬉しかったのを覚えている。

鑑札が残っていた

風俗営業(料理店)の鑑札。

バー街角になる以前の鑑札かな。

 

また、このバー街角の目の前の裏道を進んだ先にも色街の面影、小料理屋「みどり」の建物が2017年頃までは残っていたようだが…

現在は更地に

ストリートビューでも確認できないのが残念。

小料理みどりには、「求むホステス」の看板や、隣にも元料理店らしき建物に「風俗営業()」の鑑札が残っていたという。

この空き地一体には、昭和46年の住宅地図では小料理きよみ、みどり、酒場金時など3店舗ほどが並んでいた。更地になってしまってからでは何があったのか全く分からないなあ。

川むら旅館

さらに北側の通り、川むら旅館は健在。

裏路地つづき

右手には寿司屋「吾妻寿司」があった。現在は閉まっている。

吾妻寿司

隣の中華料理店「牡丹江飯店」は営業中。

牡丹江飯店
元小料理屋?

旅館川むらは情報が少ないのだが、外観は新しめ?いつか宿泊してみたいと思っている。

旅館川むら
旅館外観
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銀座通りからの裏道

色街の面影が残る裏路地から、銀座通りへ出た。割烹「寿茂登(すもと)」は営業中。鳥瞰図にも載っている老舗だ。

寿茂登
寿茂登の建物

向かいには日本料理店「そう馬」。

日本料理店「そう馬」

私は見逃してしまったが、寿茂登の横から入れる細い裏路地の先にもかつての面影が残っているそうだ。寿茂登の隣は現在駐車場だが、かつて昭和46年の住宅地図ではパチンコ店「パチンコリボン牧歌」。

料理店とパチンコ店の奥に料理店が…昔は雰囲気が良かったのだろうな~

寿司屋「たから」、その先にも料理店の跡。

さらに、鳥瞰図にも載っている割烹「光月」は2012年では建物が残っていた。横宿通りには「都川大和屋」も。今は両方とも取り壊され、駐車場に。

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チャンカ通り

そして先ほどの裏道から続くように西の裏道「チャンカ通り」へ。

チャンカ通り

左手には4階建ての元ホテルのような建物。最近まで営業していた雰囲気だった。

裏道のホテル?

2012年のストリートビューでは「ビジネスホテル美松本館」とある。

昭和46年の住宅地図の時は「美松旅館」と書いてあったので建替え、ビジネスホテルとして営業していたのかも。

向かいの小料理屋

また、ビジネスホテル美松の看板が右手を指している。

美松の看板

静かな住宅街の雰囲気。本当にここが賑やかだったのだろうか…信じられないくらいひっそりとしている。

とても静か
古美術わらめ

寿司割烹「菊島」の奥には割烹「白梅」もあったそうだが駐車場に。

菊島

また、向かいの一軒家のあたりが昭和62年の住宅地図では「佐原芸妓組合」と書いてある。昭和46年の住宅地図では「見香」とあるが、現在は面影が無く。

さらに並びの細い細い裏路地には焼き鳥店「助六」。

助六

昭和5年の鳥瞰図で「佐原二業組合」が描かれていた通りである。かつては料理屋などが並んでいた。

裏道の面影

次は、ビジネスホテル美松の方の道へ。

 

にしき

元美容室?それにしてもドアの数が多いな…赤線地帯のカフェーみたいな作りだなと勝手にお持ってしまった。

元割烹

お食事処「東洋軒」は、大正15年創業の老舗洋食店。もちろん鳥瞰図にも描かれている。

一度入ってみたい!

その向かいにあるのがビジネスホテル美松。昭和46年の住宅地図では、「割烹」と記載されているが…

ビジネスホテル美松

 

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鳥瞰図から見るチャンカ通り

チャンカ通りは円を描くように一周しており、私が行っていない西側にもかつてはお店があったようだ。

また、昭和62年の住宅地図では「坂本座」も。ちょうど東薫酒造の裏手である。千葉県佐原市佐原イ711、「その他の映画館(Ⅰ)」に平成6年の写真が載っているが、石造りの蔵の奥にあったのか…坂本座は昭和5年の鳥瞰図にも載っている。歴史ある映画館がつい最近まで存在したことにびっくり。

並びの「高橋酒店」も老舗だが現役。

チャンカ通りの中心には、銭湯「ゆや」も描かれている。それを囲むように料亭「明月」「若松」「東家」など。

また、洋館付住宅も現存しているのでまた今度探索しなければ…

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佐原見番

追記、2022年3月に佐原を訪れた時に裏道を探索していたら、小さな神社を発見。この辺りの探索についてはまた別の機会に詳しく書く予定だが、とりあえず特に気になるものをご紹介します。

裏道の神社

社を囲む玉垣に残る文字…

”佐原見番 色川八十八”

色川八十八

こんなところに、佐原見番の遺構が残っているとは!老朽化でヒビが入ってしまっているのが気になるが、これからも佐原の歴史を伝えてほしい。

佐原見番

 

(訪問日:2021年8月)