土善旅館|香取郡東庄町にある老舗旅館1泊2日宿泊レポート!合宿・美味しい料理・温泉 -笹川⑷
香取郡東庄町にある土善旅館。利根水運時代から続く老舗旅館で、現在は原稿合宿など若い方にも人気な旅館!
今回はその土善旅館としての魅力と、後半に歴史と建物をまとめました。
土善旅館 宿泊レポート
千葉県香取郡東庄町笹川い624「土善旅館」
http://www.dozenryokan.com/
予約はHPより
◎一般のご宿泊料金(税抜)
一泊2食 一人様 8400円~
お料理アップグレード 9900円~
素泊まり 5400円~
利根水運時代からの老舗旅館
地元食材の料理&大人のメロンパフェ
温泉大浴場
合宿向けプランが充実
最寄りJR成田線笹川駅。駅より徒歩10分、黒部川近くにある旅館です。
ホームページに詳しくプランが載っているが、他にはない魅力として開発合宿向けプランが充実していること。そしてリーズナブル。
■開発合宿について
土善旅館の開発合宿は、プログラマー、デザイナー、クリエイターなど会社、大学、ゼミ、サークル様を中心に、開発、研修の御利用に、ご好評いただいております。ハッカソンイベント、ワーケーション、もくもく会、カルチャー、研修合宿、創作合宿などに、当館での開発合宿プランはいかがでしょうか。一泊2食 一人様
宴会料理付き開発合宿プラン 8600円~
エコノミー開発合宿プラン 7100円~■原稿合宿について
土善旅館の原稿合宿は、漫画や論文など原稿作成、絵描きのノウハウ共有、ネーム出し、オフ会、夢女子会などの御利用に、ご好評いただいております。当館での原稿合宿プランはいかがでしょうか。
インターネットやプロジェクターなど設備も完備。
入口入って左側にあるロビーでチェックイン。今まで合宿に訪れた方々のサインや漫画本の本棚がある。建物自体は古いが、利用する部分は全体的に改装されていて綺麗だった。10年前にリフォームされたらしい。
今回の客室は本館から奥に進んだ別の棟の二階。この日は5組宿泊しており、老舗旅館なのに若い方が多いのは土善旅館の個性だと感じた。
2人なのに広々~ふかふかのお布団と清潔な水回りで快適でした!
現在、客室は6室とネット上に記載されているが元々はもう少し客室数多かったのかなと想像する。
土善旅館のお料理
土善ごはん、と呼ばれている土善旅館のランチも営業されているようだが、朝夕の地元食材を使ったお料理も豪華!もちろん完食しましたがお腹いっぱいすぎる…!
地元、東庄町のSPF豚肉のしゃぶしゃぶ。甘くて柔らかいのが特徴!同じ県内に住んでいますがなかなか食べる機会が無いので嬉しい。
食後は、土善旅館の名物「おとなのメロンパフェ」(1,400円)を別途注文しました。
半玉メロンを贅沢に使用、フルーツやアイスがトッピングされているだけでなく、メロン果汁リキュール付き!別腹です。他にも事前予約制で追加できるメニューがあるのでぜひチェックを。
土善温泉(大浴場)
浴場は二つ。今回は大きめの方へ。時間制で貸切。
土善温泉(光明石の湯)
天然鉱石を使用した準天然温泉が24時間御利用いただけます。
[効能効果]腰痛/肩こり/痔/神経痛/疲労回復/リウマチ/冷え性
浴室も5~6人は軽くシャワー出来る広さで、24時間入れるのが有難いですね!
なめらかな泉質で、42~42度くらいのちょうど良い温度感。適温でゆっくり温まりました~最高。これは合宿利用したくなりますねえ。
客室がある別館?は3階に卓球台と洗濯機あり。エレベーターもついていた。
卓球だいで思いっきり身体を動かして美味しいご飯を食べて温泉!これで一泊二食付き8400円~は安い。
土善旅館の歴史と建物
土善旅館の歴史について後半ではまとめましょう。
明治10年(1877)創業。
恐らく現在宿泊棟の一部は戦前からの建物を使用していると思われる。古い瓦屋根と中庭を囲む旅館の造りが歴史を物語っているようだった。
土善旅館の歴史については玄関先のショーケース内に資料等が展示されている。チェックアウトまでの間見学させていただきました。
その中で『川の上の近代 ー通運丸と関東の川蒸気船交通史』に土善旅館の歴史がまとめられていて興味深かった。これは欲しい一冊。
利根水運の歴史も個人的に好きなのですが、まだ全体を把握できていないのでまずは各地歩いて泊まることからだな~と思い今回土善旅館に泊まってます。
その中で今も残る旧蒸気宿がこの土善旅館。もう一つが銚子市野尻町の野尻寄航場「かしや旅館」。建物は新しいが歴史を伺いにいつか泊まりたいと思っている。
土善旅館については、大正7年時の板塀に囲まれた木造旅館の古写真も掲載されている。
かつて土善旅館から艀が出て、利根本流の蒸気船までに客を運ぶ「笹川荷客取扱所」を勤めており、その頃の建物は離れが一部残っているそう。
恐らく客室棟の3階建ての隣にある古い瓦屋根の平屋がその離れだと思う。現在は全く使われておらず見学することも難しいそうで、とても残念。
また、笹川には土善旅館や銚子丸と思われる外輪蒸気船が登場する大正期の観光PR動画も残っているそうでその作品名が気になるところ…
『水郷笹川案内』パンフレットには土善旅館の当時の姿がよくわかる。川向うに見える”砂スキー場”が気になる。
老舗旅館らしく中庭が広い。最近はここまで広い老舗旅館、千葉県内でもそう見ないな…
そしてもう一つ、面影を見つけた。現役のお手洗い、天井の梁に見惚れていると、その奥が一面タイル張りだった…
手前の紫色のタイルは新しいが、奥の手洗い場と床は古めなのでは。タイルだけ見て年代が分かったら早いのにな~
日観連の看板が入り口に。千葉県内の老舗旅館本でも作ったらまた深堀しよう。
歴史的にもご飯やお風呂目当てでも泊まって楽しいと思います!ぜひ東庄町へ~
(訪問日:2022年9月)
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大利根砂スキー場とは、石出の砂山(現在の神栖)の事かな?
利根川図誌巻六に石出の砂山が記載されていて、絵は笹川側から描かれていますが、小さな山ですね。
海からの風で出来た山ですから、小さくて当然かな。
何時頃まで存在してたのか気になってたのですが、去年運良く神栖の方(70歳程度)と話す機会があったので、チャンス到来と思って砂山について聞いてみたら、全く記憶に残ってないと言われてしまいました。
となると、昭和の初期には既に存在しなかったのかな?
この辺は工業地帯でもあるしね。
大利根砂スキー場のポスターの制作年代が分かれば、多少のヒントになりそうですね。
それにしても大利根砂スキー場なんて名称は、群馬の山の中のスキー場かと思ってしまいそう。
石出の地名が現在存在しないので、神栖市砂山が現在の石出かなと思って調べたところ、正確には砂山の隣の神栖市太田に複数の砂の山が存在したそうです。
詳しくは鹿嶋デジタル博物館 太田村の口碑を読むと怖い歴史などが分かります。
昔、暑い夏にここに詳しくない盲人が迷い込み、抜け出せなくなって死んでしまったのだそうです。
当時の絵も添付されてますので、砂山が複数あったのも確認出来ます。
何時頃の記録が忘れましたが、見に行ったらまだ標高39mあったと証言してる人も居ますね。
しかし国土地理院の地図ではそんな高いピークは無いので、削られて更に低くなったのかな?