ヤマニ味噌「佐倉はお味噌の産地です」成田街道沿いの佐倉の洋館付老舗

ヤマニ味噌「佐倉はお味噌の産地です」成田街道沿いの佐倉の洋館付老舗

千葉県佐倉市は城下町として発達し、今もなおその名残が残っている歴史的にも価値の高い街である。

その中でも、成田街道沿いに古くから存在する「(株)ヤマニ味噌」の建物をよく見てみると、洋館付であり注目してほしいと感じた。

佐倉のヤマニ味噌

場所は、千葉県佐倉市並木町33。最寄り駅は京成佐倉駅で、国道296号線、成田街道沿いにある。歩いても10分弱だと思うが駐車場も完備。

遠くからもよく目立つ看板「佐倉はおみその産地です」との言葉が見えてくる。

ヤマニ味噌の看板

ヤマニ味噌のホームページに詳しい歴史が載っている。ホームページから商品も購入することができるそうなので、もし気になった方は見てほしい。

成田街道沿い

創業は明治20年(1887)。

関東地方の庶民の間に味噌が普及したのは、遠く信長、秀吉のころからと言われ、江戸幕府の繁栄とともに下総は、豊富な米と大豆それに行徳の塩を背景に、味噌・醤油の名産地となりました。
堀田十一万三千石の城下町として栄えた佐倉の市内には、今でも「味噌部屋」という地名が残っています。これは、武士が戦時はもちろん、平時でも、いかに貴重な栄養食糧として味噌を考え、育てていたかを物語っています。
古い物で百年以上使用している杉の木桶。
何代にも渡り使い続けられた木桶にしか出せない味があります。代々受け継がれる伝統の製法を守り、他では味わえない、ヤマニ味噌だけの味をお届けいたします。(ホームページから引用)

「味噌部屋」という地名が気になった。調べてみると、佐倉市宮小路町15と17の間に「みそべやの坂」がまだ残っているそうだ。麻賀多神社の近く。面白いな~

ヤマニ味噌正面

ヤマニ味噌は明治20年、藤川已之助によって「藤川已之助商店」を創業。これが現在のヤマニ味噌の前身。

現在も製造中

昭和10年代まで、佐倉には多くの味噌屋があったそうだが、戦争により製造が継続できなくなり閉店するお店が多かった。しかし、ヤマニ味噌は佐倉聯隊の御用味噌蔵の指定を受けたため、継続することができたという。

「佐倉はおみその産地です」というキャッチコピーは、戦争の時に閉店せざるを得なかったお店の想いも込められているそうだ。

佐倉と味噌の歴史を現代に伝える貴重なお店ということですね。

ヤマニ味噌のマーク

2020年の春にはブランドのシンボルマークやロゴを一新し、これからの新たな100年先を目指しているという。

向かい側にある建物

ヤマニ味噌の特徴は保存料・添加物を使用せずに100年以上使われてきた檜の大桶でじっくりと酵母菌を発行させている伝統の味。

この日は時間的都合でお店に入る事はできなかったが、遠方の方でもネット通販で購入できるのでぜひ!

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ヤマニ味噌の洋館付住宅!

ヤマニ味噌の歴史もとても興味深いのだけれど、それ以上に気になってしまったのは洋館付住宅であるということ。

洋館が見える

昭和30年代頃まで見られたという和洋折衷住宅。洋館は玄関脇の見えるところにあり、応接室としてお客さんを接待していたとあるが、ヤマニ味噌ではどうなのだろう。

洋館のデザインに注目

意外とヤマニ味噌の洋館について注目している人は少ないようなので、もっと知ってほしなと思う。

状態が綺麗

昭和20年代前半、1948年頃の写真では既に洋館付住宅が映っているので、それ以前に建てられたものと推測。

貴重な洋館付住宅

現在は道路側に高い塀があるため、全体がわからないが、ヤマニ味噌を訪れたときは一度見てほしい。

塀がある

追記:ヤマニ味噌の看板

以前、千葉県習志野市の大久保の軍の歴史について調べているときに撮影したと思われる写真に、ヤマニ味噌の看板があった。

2015年の写真

「地元酒店看板」とある。看板右側には「千葉県佐倉町 醸造元藤川己之助商店」、左側には「特約店 渡辺貞輔商店」とある。渡辺商店は現在はない。看板はどこにあるんだろう。

ヤマニ味噌が佐倉から離れた習志野市の大久保まで広がっていたことを示す歴史的価値が高い看板。残っているのが嬉しい。

 

(訪問日:2020年10月)