大多喜駅~南郭通り。城下町として栄えた大多喜の歴史探索へ! -大多喜⑶

大多喜駅~南郭通り。城下町として栄えた大多喜の歴史探索へ! -大多喜⑶

「房総の小江戸」と呼ばれる城下町「大多喜」。

今回は大多喜の歴史&南郭通りを探索。想像以上に国の登録有形文化財が多く残っていて、道沿いのすべての建物に注意を払って探索しなければならなかった。充実した大多喜の旅へ。

大多喜の歴史

千葉県夷隅郡大多喜(おおたき)町。戦国時代から城下町として栄え、大多喜城には徳川四天王の一人、本多忠勝が城主だったことも。現在、「房総の小江戸」とも呼ばれる観光名所だ。

城と温泉の町・大多喜観光ガイド わくわく大多喜」がとても見やすいサイトなので参考に。

大多喜駅からすぐ近くに見あるのが大多喜城の大手門。徒歩15分ほどで城まで行くことができるが、この日は休館日だった。

大手門

大多喜城は本多忠勝によって築城されたものち一般的には考えられている。

明治になり、城は取り壊されたが、昭和50年(1975)に天守が復元され、 「千葉県立中央博物館大多喜城分館」が設置された。

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大多喜城の過去の写真

実は以前、小さいころに記憶はほとんどないが、おじいちゃんたちと大多喜城に訪れたことがある。

2006年

2006年の大多喜城の過去の写真とパンフレットを持っていた。立派な甲冑を体験させてもらったんだな~すごい。

2006年

パンフレットに、子供の字の落書きが…おおたきじょう、意味わかってて書いていたのかな?

パンフレット

でもよく見たら、漢字にフリガナがあるので子供でも読みやすいかも。

パンフレット
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大多喜尋常小学校付属幼稚園跡

大多喜駅から、「南郭通り」を通って城下町方面へ。

南郭通り

特に期待していなかった通りだったが、次々と名所の看板が立っていて、改めて大多喜の歴史深さを知る。

ここは「千葉県で最初の公立幼稚園跡」だという。

千葉県で最初の公立幼稚園跡

この幼稚園は、大多喜尋常小学校付属幼稚園として明治二十八年(一八九五)九月に設立され、明治二十九年(一八九六)十二月に千葉県内で最初の町立幼稚園として認可されました。
幼稚園を立てるにあたって、経費のほとんどが町内有志者の寄付であったと言われ、当時の本町における子弟教育の熱心さがうかがわれます。

明治28年(1896)。今から120年以上前の話だが、街の人々の寄付によって設立された経緯も興味深い。

説明看板

幼稚園は、昭和24年(1949)に歴史に幕を閉じている。なぜ、大多喜の人々が教育に対して力を入れていたのか、教育の観点から大多喜を深ぼるのも面白そうだと思った。

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「大多喜町役場」国登録有形文化財

幼稚園跡の向かい側には、国登録有形文化財の看板が!これが今回、大多喜で初めて出会った国登録有形文化財である。

国登録有形文化財

目の前には鉄筋コンクリート造の建物。

これは何の建物だろう?

国登録有形文化財に登録されているのは「大多喜町役場中庁舎」だそうだ。

大多喜町役場

千葉県のホームページより

大多喜町役場中庁舎は、昭和34年(1959)に建築家・今井兼次の設計により建設された。斜面に立地した地上1階・地下1階鉄筋コンクリート造の一文字形式の平面で、外部に面する地階に議場を配する。コンクリート打ち放しの軸部を意匠的に表し、大判ガラスを駆使した簡明な立面を持つなどモダニズム建築の特徴を示す一方で、渡り廊下天井のうねるような意匠、要所のモザイク壁画などの装飾に今井の本領が発揮されている。

昭和中期に建てられた鉄筋コンクリート造平屋建地下一階の建物は、平成27年に文化財に登録。見たところ、現在も町役場として利用されている現役の建物だ。

現役の建物

さらに、ユネスコアジア太平洋文化遺産保全賞(2013)を受賞。

ユネスコアジア太平洋文化遺産保全賞

受賞理由が興味深い。

1959年に建設されたモダニズム建築の大多喜町役場は、その価値が見過ごされ、一次は解体の危機にも瀕しましたが、細部まで配慮された修復が行われたことにより、歴史ある公共空間が地元で活用し続けることのできるかたちで再生されました。修復では、劣化したコンクリートと鉄からなる構造体の補修に重点がおかれ、今日の建築基準法に適合するように耐震補強も施されました。本事業の成功は、公共団体及び数々の民間関係者による尽力と、庁舎修復へと導いた日本建築家協会の先見性によります。この庁舎が残されたことで、存続の危ぶまれる20世紀に建てられた他の日本建築のおかれている状況にも目が向けられることになるでしょう。

長文になってしまったが、とても共感する内容だったので全文引用した。

確かに、文化財というと古い方が価値が高いと思いがちだが、20世紀に建てられた建築も忘れてはならないはずである。

今までユネスコアジア太平洋文化遺産保全賞の看板を設置している文化財は見かけたことがないので、この大多喜町役場が世界的にも評価された建物であることを、もっと多くの人に知ってもらいたいなと思った。

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南郭通りを探索

再び南郭通りに目を向けてみよう。交通安全を見守る像…

ちょっと怖い笑

「藤平商店」。営業していないようだが、昭和の商店の名残が見れて嬉しい。

藤平商店

建物の横にはコカ・コーラの看板。

コカ・コーラ

南郭通りは空き地が多く、古い建物は解体されている感じだった。

空き地が多い
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国登録有形文化財「宍倉邸」

夷隅神社の裏にあたる場所にあるのが「宍倉邸」。右手前にある「シシクラ商店」は閉まっていた。

シシクラ商店

こちらも、平成21年に国登録有形文化財に登録されている。

国登録有形文化財

宍倉弥兵衛商店店舗兼主屋

用雑貨品などを扱う店。夷隅神社の西北、通りに東面して建つ町家。

治7年(1874)の建築で、木造2階建、寄棟造桟瓦葺。正面および南面、背面に庇を付け、1階を店舗、2階を居室等とする。出桁造で疎らに垂木を配り、2階正面は南半部を真壁、北半部を出格子窓としている。数度の改修を経ているが、伝統的な町家の佇まいを残している。

もう少し早い時間に訪れたら、建物内を見学できたかもしれない。

閉まっていた
看板
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城下町通りへ

南郭通りから城下町通りへ左折。

城下町通り

至る所に文化財レベルの建物が残っていて、やっぱり大多喜って凄いなと。

元商店?

和菓子屋「ふくだや」に立ち寄った際に、大多喜の街並みのことを聞いたが、年々古い建物は無くなってきているという。

古い建物も減っている

「マダムかか」は雑貨販売&フラワー教室のお店で、2019年にオープンした新しいお店だそうだ。気になる。

マダムかか
案内看板

ここを左折して、本日宿泊する「大屋旅館」へ。

まだ大多喜探索の初回だが、とても濃い内容だった。メインストリートだけでなく隅々まで探索したいなと思う。

 

 

(訪問日:2021年3月)