成東「浪切不動尊」の懸崖造り。麓には鉱泉旅館「成東館」の歴史 -成東⑷

成東「浪切不動尊」の懸崖造り。麓には鉱泉旅館「成東館」の歴史 -成東⑷

成東にある「浪切不動院」へ。標高30mの石塚山の中腹にある本堂は、県内の貴重な懸崖造りの一つで文化遺産として現在も保存されている。

また、その敷地に隣接して鉱泉旅館「成東館」が存在した。成東館については資料が集まり次第、また詳しくまとめたいと思っているが、今回は少しだけ歴史について触れておきたい。

成東「浪切不動院」

千葉県山武市成東2551。総武本線「成東駅」より徒歩7分、作田川を渡って商店街沿いにある案内看板を目印に右折すると赤い本堂が見えてくる。

商店街から右折

商店街から仁王門までの道は、現在はとても静かでお店は無いが、昔は門前町として賑わっていたのだろうか。

門前の通り

右手にあった街灯の看板には「伊庭豆腐店」。既に廃業している。

伊庭豆腐店

仁王門の西側の通りには、昭和の残り香が…手前は駐車場になっていて最近解体されたようだ。

仁王門の近くの道沿い

軽食・喫茶山びこ。裏道に喫茶店があるとは…今も営業しているのかな?

軽食・喫茶山びこ
仁王門 境内から

まるごとeちばの「山武市/浪切不動尊(成東山不動院長勝寺)」に詳しく歴史がまとめられている。

浪切不動尊(長勝寺)は、天平年間(729年~749年)に行基が難破船の海難除けとして不動尊像を刻んだものを、弘法大師が石塚山に移し、開眼供養し寺を建てたとされています。山門をくぐり長い石段を登ると鮮やかな紅色の本堂があります。ここから山武市成東の町並みが一望できます。

本堂は標高30mの石塚山の中腹に建てられており、江戸時代初期の建造物。文化財としての価値も高いですね。

下から本堂を見上げる
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美しい懸崖造り

明治、昭和と幾度と改修が行われており、現在も朱色が美しい。かつては、海からも目印になったのかもしれないと思うと納得する。

26本の柱が支えている

不動院長勝寺本堂についてのより詳しい説明看板。昭和49年の修復工事によって、石積みの基壇がつくられたという。その上に、本堂内陣まで貫通している通し柱二本を含め二十六本の柱によって支えられている。

説明看板

それでは左手にある階段から本堂へ登ってみよう。

階段

下から見上げると高く見えるが、階段は思っていたよりもきつくなかった。でも、一人で訪れたので本堂の渡り廊下というか、床面積の少なさにドキドキ…

本堂を1周してみよう

本堂から見た、成東の眺め。今は埋め立てられて海が遠く見えなくなっている。昔は左手に鉱泉旅館が存在したのだな~

本堂からの眺め

ずっと眺めていたくなる素敵な空間だが、床面積が狭いのと手摺の位置が低いので高所恐怖症の方は怖いかもしれませんね。

崖や斜面に建造された寺院建築を「懸崖造り(けんがいづくり)」と呼びますが、千葉県には全部で4つほど存在する。

館山の「船形山大福寺(通称崖の観音)」、いすみ市の「七福天寺」、長南町「笠森観音」。七福天寺はまだ行ったことが無いのでいつか行ってみたいな。

懸崖造り
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鉱泉旅館「成東館」の歴史について

鉱泉旅館「成東館」は、浪切不動院と作田川の間、現在の「さんむわくわく館」がある辺りに存在した旅館。

下の写真は作田川の大橋から浪切不動院を見た写真。成東館は、ちょうど左手奥の川沿いに存在した。当時の絵葉書にも同じ構図で成東館が映っているものがある。

大橋より

成東館について、インターネット上には情報が少ないが、開業に深くかかわった方のお孫さんがまとめられた『鉱泉旅館「成東館」物語』(成東町、2002年)に詳しい。

私も帰宅後にその存在を知り、山武市立歴史民俗資料館で発売されていたので手に入れることができた。歴史から、旅館の見取り図まで、関係者だからこそ分かる詳しい情報がまとめられていて興味深い。今回は成東館のさわりだけ、また資料が集まり次第、1つの記事としてまとめる予定です。

購入した本

「千葉県立東部図書館だより第66号」に成東館の歴史についてまとめられているので引用させていただきます。

明治 30 年代から大正期を経て、昭和初期まで、山武市成東にある波切不動尊の隣には、県下唯一の鉱泉旅館『成東館』があった。総二階建ての旅人宿と別棟に鉱泉浴場を構え、百本ほどの梅樹と太鼓橋の架かる意匠を凝らした池のほかに、藤棚や多くの銘石をしつらえた中庭を持った成東館は、当時人口 4000 人足らずの町にあっては、ひときわ立派な旅館であり、明治後半~大正の一時期は湯治を目的とした多くの文士や政界の有力者らの贔屓宿となって賑わったという。

成東館に訪れた著名人は数知れず。昭和初期にお家騒動によって廃業、30数年という短い歴史に幕を下ろした。

○主な浴客・・・尾崎紅葉、泉鏡花(尾崎とともに明治35年に宿泊。このときの滞在に想を得て、のちに成東館を舞台にした戯曲『愛火』を著す。)、徳田秋声、岡本綺堂、半井桃水(成東館の常連客で樋口一葉の師匠)、松本幸四郎(歌舞伎役者)、床次竹二郎(大正~昭和初期に内務大臣、逓信大臣など多くの大臣を歴任した大物政治家)ほか多数。

現在は、浪切不動院の境内に成東鉱泉の井戸だけ残っている。

今回初めて成東に訪れたが、近代建築、浪切不動院、鉱泉旅館など見応えのある建物が多くて楽しかったので、また近々再訪する予定。

 

(訪問日:2021年9月)