「成田羊羹資料館」戦前の絵葉書と羊羹の歴史展示。なごみの米屋裏手 -成田25
成田の老舗菓子店「なごみの米屋」の裏手に、「成田羊羹資料館」がある。羊羹の歴史、昔の道具、さらに成田に関する企画展が開催され、小さいながら見応えのある博物館。今回は成田の絵葉書に関する企画展が開催中だった。
「成田羊羹資料館」なごみの米屋の裏に
千葉県成田市上町500。成田山新勝寺の表参道沿いにある「なごみの米屋 本店」の裏手に、洋館風の小さな博物館「成田羊羹資料館」がある。
入館料は無料。館内撮影も許可をいただいた。
まず入ると受付がある。左手に大正時代の番頭だい、正面に米屋のホーロー看板や木製の看板が展示されていた。
レトロなレジスターは保存状態が良いな…
1階は企画展が開催中。後程紹介する。
2階に米屋や羊羹の歴史についてパネル展示、実際の資料、道具が展示されており、無料で見学できるがじっくり見たら1時間以上居れそうなくらい。
下のパネルは、米屋本店についての歴史。
個人的に興味深いと思ったのが羊羹が慰問品だったこと。米屋本店では、昭和13年に缶詰羊羹を開発し、慰問品として戦地に送っていたようだ。
左上に慰問用の缶詰羊羹のパッケージが展示されている。羊羹はカロリーが高く、非常用の特別食に指定されていたとのこと。現代の平和な世に生きる私たちは何も知らずに美味しい羊羹を食べていたんだな…
昭和19年に原材料入荷困難の為、羊羹が製造中止に…その後、昭和20年に家業から株式会社米屋本店となった。
日本全国の羊羹、皆さんは何処の羊羹がお好きですか?
また、羊羹を製作するのに使用していた明治~大正時代の道具も展示されていた。
下は生菓子陳列台。生菓子が腐らないように、氷を入れて使っていたという。
個人的に気になった物だけ載せているので、他にもたくさんの展示がある。
また、明治末期から大正初期にかけて、成田山の参道には羊羹屋が二十数軒あり、成田は「羊羹の町」だったという。それは知らなかった…現在も営業している、なごみの米屋本店と成田柳屋本店くらいしか今は残っていない。
当時の包装紙が展示されている。各店ごとに味も特色があったのだろうか。
こちらは、米屋本店の今昔パネル。明治時代の看板、味わい深いですな~
大正時代には脇蔵も存在したのですね。
また、昭和30年代には成田町内を美化するために寄贈したごみ箱も。企業の社会貢献活動の先駆け?!
企画展「成田の絵葉書展」(2022年1月)
合わせて、1階で開催中の企画展「成田の絵葉書展」へ。定期的に企画展は入れ替わるので、チェックしてみては。
ちょうど、戦前の絵葉書を収集し始めた頃だったので、展覧会で絵葉書の基礎的な知識も学べて有難かった。
絵葉書の始まりは、明治33年(1900)。明治以降、写真や印刷技術の普及により全国の名所や美人、年賀絵葉書等が広まった。今回の展示では大正~昭和初期にかけて製作された成田の絵葉書が展示されていた。
絵葉書は宛名面のデザインによて年代を推定することが出来る。もし手持ちの古い絵葉書をお持ちの方がいたら見比べてみてほしい。私も持っている中で、大正7年以前の古い絵葉書は少数。レア。
現在の平和大塔の場所にあった成田町立千葉県物産館の絵葉書。
こちらは、成田山奥山の絵葉書。
大本堂後方の台地。料理店や娯楽施設が軒を並べていたという。現在の奥山広場?
成田山門前通り。右手に映るのは、蓬莱閣ホテル。現在は成田山総門前の広場となっている。
3階建ての蓬莱閣ホテルは、平成16年(2004)まで存在したというから驚きだ。私も生まれてる…
成田で最初の近代的ホテルで、鉄筋コンクリート造3階建て。終戦後は成田赤十字病院に生まれ変わったという。宿泊してみたかった…
下の絵葉書は若松本店。
現在も同じ場所に存在するが、前身の三階建ての建物。レンガ造りの羊羹は別荘の貞松館だという。オシャレだな~
絵葉書は、成田山新勝寺の周辺だけでなく、宗吾霊堂付近の物も多い。
こちらは、桜の名所だった下総御料牧場。現在は成田空港建設によってその役目は終えているが、博物館があるので訪問したいと思っている場所。
手作業で彩色した、手彩式絵葉書についても。絵葉書マニアにとってはたまらない展示では。
羊羹資料館で羊羹の歴史を学び、成田の今昔を知る。
何て充実した資料館だろう。無料で見学できるのは本当に有難い!
(訪問日:2022年1月)
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