成田市三里塚|戦前御料牧場の賑わいの歴史と現在の街並みを歩く ―三里塚⑴
成田市三里塚の歴史と町並み探索に。
初三里塚!戦前、御料牧場があった頃の栄えていた三里塚の面影を探して街中を歩きました。
成田市三里塚へ 戦前の賑わい
JR成田駅からバスに乗って、成田空港のすぐそばにある成田市三里塚へ到着。三里塚小学校前のバス停にて下車し、少し手前からから中心部を目指して歩く。季節は5月、ゴールデンウイークの期間だった。

降りてすぐ、三里塚商和会加盟店の看板が建っていた。県道62号を中心にお店が建ち並ぶ様子が描かれている。今はどうなっているか歩いてみよう。


三里塚と聞くと、記憶に新しい方も多い激しい成田空港の反対運動「三里塚闘争」を思い起こす方も多いと思うが、戦前の三里塚は、「宮内庁下総御料牧場」を中心とした活気ある街で、お花見の名所としても知られていた。
下総御料牧場は明治8年の開設。皇室用馬の生産や農事改良を行う場所でしたが、単なる農場ではなく、上流階級や外国使節が訪れる「日本の社交場」としての側面があり、国賓を招いた豪華な宴が開かれていたそう。そうした歴史から羊肉料理(ジンギスカン)発祥の地としても知られている。
また、戦前は牧場内の桜が見事で、成田参詣とセットで三里塚に訪れる観光客が増加。大正時代には、成田軌道(のちの成田鉄道)の軽便鉄道が成田から三里塚まで開通したことで、その駅前には茶屋や旅館、土産物屋が並んでいたのだという。
成田鉄道が廃止になって久しく、その駅や駅前は区画整理で面影は全く残っていない。
現在は戦前の絵葉書などで当時の賑わいを知ることができる。三里塚の絵葉書も多く収集できてきたのでいつかまとめたい。
三里塚小学校の門柱
バス停から少し歩くと三里塚小学校が見えてくる。

ここには煉瓦造りの門柱が残っている。明治後期建造の旧陸軍鉄道大隊駐屯地の門を移築・復元したものらしい。国登録有形文化財!

冒頭で紹介した軽便鉄道。それを演習訓練の一環で敷設したのが、旧陸軍鉄道第二大隊でそれに伴って三里塚に駐屯した際の駐屯地の門を移設したとのこと。
また、この小学校の北側の通り(現在は区画整理で道が変わっている)がかつての軽便鉄道三里塚駅の駅前で、現在は住宅街となっている。
そしてさらに歩くとリカーショップおかもと、飲食店、三里塚記念公園。

ここは御料牧場時代の記念館があるのでマストで立ち寄る。詳しい記事は後ほど。


三里塚の現在の街並み
記念館から県道を南下。電気屋跡と、釜めし定食屋。

並びに見える「エミスタジオ」は元写真屋だろうか。戦前からあったかは定かではないが、戦前の景色を知る上で写真屋の存在は重要。

交番や郵便局を過ぎて大きい交差点へ。正面がJRバスの三里塚駅だ。2012年頃まではバスの事務所の建物があったが現在は更地になり看板なども無くなりすっきりとしている。

裏手には浅間神社。

敷地内には三里塚十字路の道標が保存されている。平成23年に移設されたもの。

「なりた なめ川」と読める。かつては三里塚交差点は交通の要衝だった。



戦前の道割とだいぶ変わっているので面影を探すのが難しいが、県道沿いの商店街の雰囲気は少し感じることができる。
交差点から南下。交差点の角にはかつて「並木製パン工場」とパンの工場があったようだが現在はコンビニに。
右手に本日宿泊する旅館「旭家」。建物は昭和20年代らしいが、料理屋の歴史があり古そう。隣には旧旅館「大竹屋」。

大竹屋旅館が営業していないのが本当に残念。現在は看板もなくなっている。
下記サイトによれば2020年末に閉業… ああ、またなんてタイミングで。泊まりたかった。
この旅館は2020年末ごろ閉業した模様です。建物は翌年3月時点ではそのまま残っている様子をGoogleストリートビューで見ることができます。
JR・京成成田駅から車で15分、バス25分(JR成田駅前から出ている)、三里塚交差点の南西の角から南に3軒目。東京駅八重洲口6番からの高速バス(「三里塚公園」バス停)も1日10数便あって、所要1時間20分程度と意外に便利。コインランドリー有り、ビジネスから長期滞在まで歓迎。
完璧に昔ながらの「旅館」そのもので、すでに100年超え–明治時代に建てられたという木造の「本館」はなかなか堂々たる外観。全室和室。朝食付きでも一泊4000円台と経済的。
明治時代の本館。入口を覗くと旅籠の雰囲気そのままに、外国人向けのお店?看板が出ていた。
もう宿泊はできないだろうな。2017年のストリートビュー。
戦前沢山あった旅館の中で唯一建物が残っている。

県道を進む。


飲食店、文化堂薬局、青果店、酒屋、精肉店…一通り揃っていた商店街のよう。現在は営業しているお店が少ない。

これはレストラン「高芝」。ステーキをメインに多くの著名人が訪れる名店だそうだが、2024年1月末で閉店に… この時入っていれば良かったのに。
米屋呉服店、渡辺金物店、越川菓子店など。

菓子店は2012年頃まで営業していた。

更にその並びには洋館付き住宅があったが、商店街はこの辺りで終わりなので引き返した。
昼食後、三里塚コミュニティセンターに立ち寄ると、軽便鉄道を考える会による軽便鉄道の展示会が開催されていた(2023年)。


地元の郷土史団体による展示で、資料や模型が充実。軽便鉄道の歴史や三里塚の駅前のお店を知ることができた。

ひこうきの丘
旅館に荷物を置き、少し時間があったので成田空港の南側にある「ひこうきの丘」まで歩いた。空港傍の道は交通量が多く、普通歩く人はいないと思う。
三里塚教会が近くに合ったのに立ち寄っていないのが残念。吉村順三の初期の作品で、最近は千葉大学などが絡んだイベントも開催されている。
交差点から北へ。
カラフルな看板のパチンコ店。

成田の隠れ宿…シーザースパレス。これは廃業したホテルかな。


ひこうきの丘へ。今までの道が嘘だったかのように観光客の姿が多く、みんな空を眺めていた。


成田空港から発着する飛行機が間近に見える。

戦前は観光名所として、戦後の紆余曲折を経て三里塚の移ろいは激しい。
御料牧場がまだあったら、成田空港の地に選ばれていなかったら、三里塚は戦前の賑わいを今も残していただろうか。個人的に深堀したい三里塚。ネットでは書ききれないことをいつかまとめよう。
(訪問日:2023年5月)
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