成田の裏道に残る煉瓦蔵。成宗電車の貯蔵庫?戦前の貴重な土木遺産 -成田26

成田の裏道に残る煉瓦蔵。成宗電車の貯蔵庫?戦前の貴重な土木遺産 -成田26

成田には土木遺産の電車道の煉瓦造りのトンネルやが2つ残っていることは有名だろう。そして、他にも煉瓦造りの蔵が現存しており、それらは成田が煉瓦の生産地だったことも由来しているのではないかと思う。

今回はまだあまり知られていない、裏道に残る煉瓦造りの蔵をご紹介します。

石壁・諸岡家の電話番号看板

千葉県成田市本町へ。成田山新勝寺の表参道から東へ、電車道へ続く裏道の階段を通って横断してみる。階段の手前にはレトロな病院。現在は営業していなさそう。

旧字体の医院

今回横断する階段はGoogleマップを見ると「井戸坂」とある。なだらかな勾配がある坂で、かつては井戸が存在したのだろう。

井戸坂

井戸跡地は現在マンションが建っているそうなので、坂を下った右手のマンションが跡地だろう。

右手は石壁、左は煉瓦壁。どちらも古いが、左の煉瓦は電車道のトンネルと同時期の物だろうか?そう考えると明治43年頃になるが、もう少し後のものかな。(雨が降った後なので煉瓦が黒く見える)。

井戸坂の壁が気になる

電車道は、成田山新勝寺から宗吾霊堂を結んでいた「成宗電気軌道」が通っていた道のことで、現在もレンガ造りのトンネル等、近代建築が残っている。→【電車道】成田山新勝寺まで伸びた幻の「成宗電気軌道」の遺構を探索!-成田⑻

また、戦前、電車道は成田の公共機関が集まる官庁街だった。成田町役場、郵便局、佐倉裁判所成田出張所、税務署など…そのため、現在も古い屋敷が多数残っている。

邸宅の外壁

うわ…外壁、階段、門柱の雰囲気もすべて素晴らしい。

その邸宅の奥には「諸岡市郎左衛門商店」がある。以前の記事でもこの商店の建物について触れたが、一つ見逃したことがあったので今回再訪した。

諸岡市郎左衛門商店

実は、軒下に古い電話番号の看板が残っているのを後でストリートビューを見ていて気付いたのだった。しかも、ホーロー看板ではなく陶器製。

陶器製の電話番号の看板

千葉県内ではほぼ見かけたことが無い。貴重な代物だなあ。

また、昭和初期にかけて流行した和洋折衷住宅も美しい姿で残っている。

諸岡家の邸宅
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裏道に残る煉瓦造りの蔵

そんな諸岡家がある邸宅の裏道。電車道から東側の通りに、もう一つレンガ造りの蔵が残っている。なぜ今まで気づかなかったのか、ネットで検索しても情報が全くないので、地元の方以外にはまだ知られていないのだろう。

裏道に残る煉瓦蔵

入り口は閉ざされ、周囲も高い壁で覆われているので建造物の全体を見ることは出来ないが…確かにレンガ造りの蔵が敷地の奥にある。

イギリス積みの煉瓦蔵

おそらくイギリス積み。

ちょうど掃除をしていた地元の方に伺うと、「私が小さい頃からあった、戦時中は燃料庫として使われていたのでは?」という回答。不明確だが、戦前の建造物の予感。

周囲も煉瓦壁だった?

さらに、Twitterで教えてもらった情報によると、成宗電車の燃料(石炭)を貯蔵していた建物で、今は地元本町の山車蔵として使われているという。

なるほど、電車道の裏に燃料を保管する倉庫が存在したのですね…!

そう考えると、成宗鉄道第一トンネル等が建造された明治43年頃にこちらの煉瓦蔵も建造されたのだろうか。成宗鉄道第一トンネルは土木遺産として、多くの方から注目されているのに、今回の蔵は全く注目されていないのが不思議だ。

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印旛郡栄町麻生「愛宕神社」

引き続き裏道を北側へ。

元商店?

元商店?らしき建物の脇に鳥居が建っている。

鳥居

鳥居の先、階段をのぼると愛宕神社があるので高台から街並みを見てみよう。

高台から成田山新勝寺方面を眺める。戦前の絵葉書でも似たような景色があるな~今度見比べてみよう。

高台から成田山新勝寺
愛宕様

愛宕様に隣接した成田幼稚園がある。明治38年設立で、千葉県内の私立幼稚園で最も古い歴史を持つ幼稚園だ。

右側が成田幼稚園

成田山新勝寺の周辺は表参道以外にも、歴史が詰まっていて本当に楽しい。

 

(訪問日:2022年1月)

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