成田鉄道多古線の唯一の面影「成田鉄道多古線橋台跡」 -成田⒇

成田鉄道多古線の唯一の面影「成田鉄道多古線橋台跡」 -成田⒇

今回は、土屋中央通りにある「成田鉄道多古線橋台跡」をご紹介します。

成田鉄道多古線は、成田から八日市場を結ぶ30.2㎞の電車で、戦時中に休止、昭和21年に正式に廃止になっている。が、唯一といっても良い遺構が成田山新勝寺の裏手に残っているのです。

成田鉄道多古線の歴史

成田鉄道多古線について。

以前、多古町を探索した際に多古駅跡を中心に、成田鉄道多古線の歴史について触れた。詳しくは以前の記事で→成田鉄道多古線「多古駅跡」の歴史を辿る。大正15年、”開通記念”の盃も入手 -多古⒁

現在の地図と比較

今回は、成田駅~西成田駅の間に位置する、橋台跡を確認しに行く。前回の記事で、奇跡的に多古八日市場開通を祝って配られたと思われる盃を手にしたが、実質、成田鉄道多古線の遺構はほとんど残っていない。

一部路線跡も私有地となっているため、路線跡巡りを完璧に遂行するのも難しい。だからこそ、今回行く、橋台跡は貴重な遺構なのだ。

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成田鉄道多古線橋台跡の現在

成田鉄道多古線橋台跡は、千葉県成田市土屋62の辺りに位置する。私は表参道から西参道、土屋中央通りを歩いて向かったが、車で訪れる方は成田山新勝寺の境内の西側にある駐車場に停めて、土屋中央通りを北へ進めば良いと思う。

土屋中央通り

土屋中央通りの商店街については前回の記事で紹介した。歩いていると、目の前にコンクリート製の壁が立ちはだかる。

これが、成田鉄道多古線橋台跡。あまりにも唐突に道路に面した状態で保存されているので驚いた。

右側の壁

橋台跡、現存しているのは右側のみ。この上を電車が走っていたなんて信じられない…奥は住宅地になっている。

橋台跡

橋台跡の反対側には、一軒家が経っているが、その奥にも高台が続いているので土台は昔と変わらないのかもしれない。

民家の一角に残る壁

隣は一般の民家の入り口。以前は、土屋商店会のマップが壁に貼ってあったが、今は撤去されていてただの壁だ。

これからも成田鉄道多古線の歴史の生き証人として残ると良いなあ…

 

(訪問日:2021年11月)