中山法華経寺の裏道で見つけたホーロー看板。「片桐邸」は解体。中山文化村は何処へ… -中山⑴

市川市若宮から中山法華経寺へ。その途中で見つけた、町名のホーロー看板。参道とは違った道を散歩してみることで新たな発見があって楽しいですね~
しかも、「中山文化村」という貴重な建物が保存されていたという歴史も偶然知ったので、ここで紹介しておこうと思います。
市川市若宮、個人商店
市川市若宮の「若栄会」商店街から南下。商店街は終わったものの、細い道に両側個人商店らしき建物が並んでいる。

向かい側にも気になる建物。

2010年のストリートビューでは、「くるみ化粧品店」となっている。斜め向かいには靴屋。この辺りも色々なお店が並んでいたことがわかった。
焼き鳥屋「鳥平」は営業しているのだろうか。

アパートもかなり古そうだ。

さらに道沿いに進む。右手の元美容室のような建物、奥にある空き地にも少し前まで大きな店舗があったようだ。

右手で見つけた古そうな建物。

看板を見ると、塩田…科。産婦人科かな?病院建築だ。

そして、中山法華経寺の五重塔が見えてきた。普段は京成中山駅方面から参道を通って参拝するので、法華経寺の裏を訪れたのは初めて。

裏側は地元の方々の生活の場。古い商店は少しづつ取り壊されているものの、名残を感じた。
町名ホーロー看板
そして、何気なく見つけた青い町名のホーロー看板。

アトリエ?の建物に貼ってある。市川市中山3丁目12。中山ラジオのお店は今は無いのかな~

隣も2階建ての古そうな建物。シャッターが開いており、買い物をしている方がいた。

「須永商店」。看板は控えめだが、商店として細々と営業中?

片桐邸は解体
最近知ったのだが、震災の影響で取り壊しになった文化財が千葉県市川市中山3丁目15-8にあったという。先ほどの焼き鳥屋の裏手。知らなかったらたどり着けないような場所。
「旧片桐邸」として一般公開、またコンサート会場など市民に親しまれる場所だったそうだ。駅近くにある「清華園」と合わせて「中山文化村」と呼ばれていた。
詳しい内部の写真や、経緯についてはいくつかの記事で紹介されている。
平成23年(2011)の東日本大震災の影響で、旧片桐邸の建物を被害を受け閉鎖。その後、補修や建て替えが検討されたものの、莫大な費用がかかるために解体となったようだ。土地も売却され、今は新しい民家に。
旧片桐邸の説明看板から
旧片桐邸は、昭和13年電気器具販売業界で成功を収めた片桐勝蔵氏が建てた家屋で、木造2建て瓦葺(和洋折衷様式)の日本家屋です。昭和36年、引退した勝蔵氏は、かねてより愛した憩いの地、市川・中山のこの家に長女照子氏と暮らし、昭和55年に亡くなりました。平成10年10月、次女川原君江氏から、「父と姉が愛した市川・中山の土地と家を市に寄贈したい」とのお話があり、市川市は、出来るだけ たたずまいを遺しながら市民の文化活動の場として活用できるように、整備しました。
昭和13年(1938)に建てられた大正から昭和にかけの流行を取り入れた、和洋折衷住宅。市川を一望できる高台の上に建っている。
ほかの方の写真を見ると、凝ったステンドグラスのデザインが美しい。価値ある建物を維持していくことは難しいが、記録が少しでも残っているとわかるので助かる。
中山文化村はどうなったのだろう…
(訪問日:2020年12月)
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