外房線「永田駅」駅周辺を歩く。ホーロー看板の宝庫「平賀商店」

外房線「永田駅」で下車。旧街道沿いには昭和レトロな食堂「永田ドライブイン」、裏道にもホーロー看板がたくさんある建物がありました~
外房線「永田駅」の駅舎
千葉県大網白里市永田1835、外房線「永田駅」へ到着。

昭和34年(1959)開業という、比較的遅い開業…その背景には、昔この場所は田園地帯で、2470名の住民の勤労奉仕によって埋め立て工事が行われたということが関係していそうだ。
現在、駅周辺は開発されて新しい一軒家も多い。今回私が歩いたのは、駅の西側の伊南房州通往還沿い。永田駅に古い建物などは残っていなそうだが、青春18切符を片手に1時間ほど歩いてみることにした。

駅周辺には、カフェと居酒屋、そして2014年のストリートビューを見るとコンビニエンスストア「チャオ」というお店がマンションの1階にある。3年ほど前に閉店したそうだ。

新興住宅街を抜けて、伊南房州通往還沿いへ。

江戸時代から明治22年まで「永田村」が存在したことから、現在も永田という名前が残っている。
街道沿い「永田ドライブイン」
永田駅周辺の住宅街を抜けて、伊南房州通往還沿いへ。小湊バスのバス停があったが、文字が消されている。今は止まらないバス停ということだろうか。

伊南房州通往還を南へ。元商店のような建物が残っていた。閉店してからは随分時間が経過しているようだ。

隣には自動販売機コーナー。テント屋根だけが残っている。

街道沿いは特に商店街のように商店が並んでいる街並みがあるわけではなく、長閑な風景が広がっている。
田んぼと山、埋め立てられる前は駅周辺も同様、自然豊かな街並みだったのだろうか。

暫く歩くと、永田ドライブインの看板が見えてきた。
定食・きそば・ラーメン・一品料理・和食。

2012年のストリートビューを見ると、レトロな看板…さらに奥には赤と白の看板も見える。
現在も営業中のドライブイン。ここには昭和が残っている。駅から徒歩圏内なのも嬉しい。

引き続き街道沿いを探索。永田ドライブインで引き返し、北側へ。

街道沿いギリギリまで、背の高い生垣がある民家が多く、立派な蔵も見られた。

そしてこちらは、公民館のような敷地にあった小さな火の見櫓。電柱に鐘が併設している。

このままでは探索は終われない…もう少し北側も歩いてみよう。

ホーロー看板の宝庫「平賀商店」
大通りから一本裏道へ、伊南房州通往還が続く。一時停止の看板が分岐の目印!

旧道の細い道、こういう道の方が古いものが残っていそうでワクワクする。

電柱の横に石碑を発見!「當村 中原…」と書いてある。當ってどう読むのだろう?とう?
追記:この村 中原の意味だそうです。当村とも書くらしいです。

石碑とお堂、この一角だけ変わらない風景。

祖の近くに、ホーロー看板がたくさん見える倉庫のような建物を発見!これは素晴らしい!

ホーロー看板は1枚2枚であれば、現在も残っているところがあるが、こんなに大量に残っているのは珍しい!というか初めて見た。
塩、肥料関係のホーロー看板が多数。

草木で見えないが、「多木肥料」の赤いホーロー看板が目立つ。多木肥料は、本社が兵庫県にある老舗だ。ここまで名が知られていたとは…

ここは「平賀商店」という商店で、さらに奥には石造りの蔵も見えた。永田駅から歩いてここまで探索している人はいないのか、ネットでは情報を見かけない。

さらに少し先も歩いてみた。ここから先は昔ながらの住宅街。

彼岸花とクロアゲハ蝶。

好きな花なので撮影できて嬉しい。歩いていたら良いことあるものだな~
(訪問日:2021年9月)
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私もまだ知識不足だった頃、當村とはなんだ、そんな村があるのかと思ってましたが、神社で氏子の方が居たので聞いたところ、この村 中原の意味だそうです。当村とも書くらしいです。
余りにも至る所で見られる石碑の當村なので、変だなと思ってました。
なるほど~!助かります!