内房線「南三原駅」商店街から近代建築へ。大正築の「旧古川医院」の現在 -南三原⑴

内房線「南三原駅」商店街から近代建築へ。大正築の「旧古川医院」の現在 -南三原⑴

南三原駅へ!ここは駅前の商店街ではなく、レトロな病院建築を目指して駅から離れた丸山川沿いを探索に…なんとつげ義春にも関連する旅館が残っている街でした。

内房線「南三原駅」へ

千葉県南房総市和田町松田、内房線「南三原駅」へ到着。屋根にソーラーパネルがついていて、南国風な駅舎。

南三原駅

大正10年(1921)開業、平成15年(2003)に新しい駅舎になったようだ。

昭和31年に合併する前の「南三原(みなみはら)村」に由来する。千葉県立安房拓心高等学校の最寄り駅であるため、高校生らが駅前に集っていた。

駅周辺の地図

塀に残っていたレトロな看板。

「バブルアップ」というジュース、ご存知でしょうか?「アメリカで生まれた世界の飲物!」とある。

バブルアップの看板

「Drink! Drink! Drink!」さんの「バブルアップ237ml」という記事が詳しく、1921年よりアメリカで製造されている透明炭酸飲料とのこと。

千葉ではバブルアップボトリング千葉として1960~1970年代に製造されていたそうで、この看板もその頃の名残かもしれない。貴重な資料を見ることができて嬉しい。

また、隣にはボウリング場「館山ミナミボウル」の看板。

館山ミナミボウル

現在は廃業しているが、宮沢りえさん主演の映画「僕たちの7日間戦争」のロケ地としても使われたらしい。今は亀田ファミリークリニック館山(千葉県館山市正木4304−9)。

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南三原駅前の商店街

南三原駅前通りには商店が営業中。男子学生が数人で入って買い物をしている様子が印象的だった。

店名は取れてしまっているが、「永福屋支店」とのこと。本店は何処?

永福屋支店

私も店内に入ってジュースを購入。飲み物の棚が奥に、中心にはお菓子類が並んでいて、昔ながらの商店が健在だった。

隣は森永牛乳の文字が残っている。エンゼルマークも!

森永牛乳
エンゼルマーク

南三原駅前の通り。商店街名は無いが、学生の利用客が多いので周辺の駅と比べると比較的賑わっていると思った。

駅前の通り

入り口が広い平屋の建物は、元どんなお店だったのだろう…飲食店かな?

気になる

駅前通りを出ると、古くからの街道・伊南房州通往還へ。左角の建物は「まつもと薬局」。明るい家族計画自販機あり。

伊南房州通往還

精米・雑貨の「遠藤商店」は閉まっていた。2019年頃は営業していたが…

遠藤商店

街道を西へ。左側に、予期せぬモダンな建物を発見!!可愛い。

近代建築!!

元美容室かな?全体的に水色を基調とした、可愛らしい木造建築。南三原駅近くにこんな素敵な近代建築が残っているとは…

窓が可愛い

暫く休業との張り紙があったが、現在は手づくり布小物の店「Green a Twing」として営業しているとのこと。営業日は金土日。調べても情報が全くないので気になる。

Green a Twing

向かいには定食店「大和食堂」。思わず入りたくなる外観。

大和食堂
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国道128号~丸山川へ

伊南房州通往還(国道128号)を西へ進み、丸山川方面を目指す。今回、南三原駅に降り立った理由は、とある病院建築が現存するのか確かめるためだった。

和田町商工会員

国道128号をひたすら歩く。ブックセンター近田屋、営業中~

ブックセンター近田屋

うう…個人的につらい街並み。新しく広い道路が目の前に。内房線の上を通る。味気ない風景だな。

辛かった

いわし料理「なむら」、としまや弁当和田店など。南房総に来たな~と実感するお店。

いわし料理

丸山川はさらに先。

丸山川

そして、丸山川沿いの細い道へ。住所が正しいか、何度も確かめるほど不安な道だった。真横は川の流れる音が盛大に聞こえる。

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旧古川医院

「千葉県の近代産業遺跡」に載っている「旧古川医院」。南房総市安馬谷2259というのが、今回目的の場所。だが、ストリートビューは入れない細い道で、ほとんど情報も無く、現存するのか不安だったので早急に行くことに。

川沿いの道を歩いて

丸山川沿いには何軒か家が並んでいた。

旧古川医院は、大正12年築の病院建築とのこと。唯一分かっている情報が以下。

古川医院は明治38年に耳鼻科として現在の地に開業しました。関東大震災で全壊したため、直後に再建されたのが 現在の建物です。
診療は昭和20年代まで行われていましたが、現在では空家になっています。
(千葉県近代建造物実態調査報告書より一部引用)

場所が分からず彷徨っていた

たぶんこの辺りだろうなと思っていた場所は更地になっていた…やはり、解体されてしまったかああ~

更地に

コンクリートが残っているが、この辺りに存在したのかな。敷地の入り口には門柱も建っていたようだが、すべて無くなっている。

旧古川医院跡地?

2010年の「東日本近代建築万華鏡」に写真が載っているので、ここ10年間で解体されてしまったと思われる。残念だ。

門柱はこの辺りに?

2014年頃は残っていたようだ。

こうしてまた一つ近代建築が消えた。

駅から結構遠かったのに、歩いた意味は無かったのか…

とガッカリしていたが、次の記事で紹介する建物が私を待っていた。

丸山川を渡って

 

(訪問日:2021年9月)

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