旧みはし湯(美葉志湯)|習志野市 京成津田沼駅近くの旧銭湯のホール
京成津田沼駅近くに残る旧銭湯の「みはしゆホール」。
老舗の銭湯をそのままに、現在も地元の方によって運営されています。
旧みはし湯(美葉志湯)
千葉県習志野市津田沼5丁目9−12「みはしゆホール」
京成津田沼駅から南へ続く商店街「ワイがや通り」。以前商店街の記事を書いたので合わせて。
そのアーケード屋根とともに残る元銭湯の建物。

旧みはし湯。昭和初期の鳥観図を見ると「美葉志湯」とある。薬湯だったことからそうした漢字があてがわれたよう。薬湯、気になるな~

銭湯自体は大正15年(1926年)創業。大正、昭和、平成と続いていたが、2011年に発生した東日本大震災の際に煙突が壊れ、そのまま営業停止になった。

建物はさすがに改装されているが、かつての石畳や中央の玄関口などは一部残っている様子。

現在はオーナーさんのご厚意で、「みはしゆホール」としてコワーキングスペース・イベントホールに。新たな人生を歩んでいる。
みはしゆホールを見学
地元の方の案内でみはしゆホールを見学させていただいた。
入って驚いたのが、かつての銭湯のまま変わらぬ姿。

番台や広告もそのまま!

船橋松竹宮下館。これいつの広告よ…素晴らしい資料だ。どうか保存してほしい。

浴室はカランなど水回りを撤去、浴槽に板を敷き詰めてライブハウスみたいな形になっていた。タイル絵はそのまま。



そしてもう片方の脱衣所には紙芝居の自転車!生で見たのは初めてかも。



もう一つ感動したのが、番台の裏手にある中央の玄関口。

正面はシャッターが下りているけどこのタイプの銭湯古い。入ってすぐ下駄箱と脱衣所があるこじんまりとした銭湯。この造り自体は戦前から変わっていないのでは?
古い時代のことに詳しい方がいなかったのでこれ以上わからず。
裏手に回ると扉がむき出しで煙突は解体されていた。


大正学館の碑
もう一つ、この近くで気になる歴史がある。習志野市シティセールスサイトにも載っている大正学館。
1912年 大正元年 吉野茂助、私立大正学館を創立(〜1933年)
創立者は津田沼尋常高等小学校で長く教鞭を執り、初代校長となった吉野茂助氏です。大正学館は三学年制で修身、国語、漢文、習字、算術、代数、幾何、地理、歴史、英語など、当時の正規の中学校に準じた科目があり、多いときには111名の在籍がありました。しかし、私立学校としての経営は厳しく、茂助氏の熱意と努力で運営されていました。創立より延べ1,100余人が学んだこの学舎も昭和8年の茂助氏の死去と共に閉校となりました。
現在の菊田公民館あたりに存在したらしい私立学校。その関係があるのか菊田公民館も歴史教育系に力を入れている。
また、アパートの一角に大正学館の碑が残っているのだった。



(訪問日:2023年2月)
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映画のポスター、本物だったら63年前の物ですよ。本当にここに1962年から貼ってあったのかな?
戦艦デファイアント号の反乱は日本では1962年9月に上映されてるので、今から63年前になりますね。
1964年の東京オリンピックより前からここにあるとは驚きです。
主演のアレックギネスは「戦場にかける橋」に出演してて、日本人の千倉出身の早川雪舟も共演してたので、知名度は高かったですね。
色の劣化が具合と破け具合から判断したら本物かな?
紙芝居の自転車は、昭和30年代まで活躍してましたね。
お菓子買わないと見ちゃいけないなどのルールがあったと記憶してます。
しかし買わない子供は少し離れた位置から見てましたよ。