筑波鉄道・真壁駅跡。かつての立ち食い蕎麦店「たかなし」-真壁⑹

偶然入ったお店が、元々真壁駅構内で蕎麦屋を営業していたお店だった。そこで、数十年前まで、真壁の町には電車が走っていたことを伺った。
今回は廃線になった「筑波鉄道」と真壁駅跡の記録。
蕎麦屋「たかはし」
茨城県桜川市真壁町古城53。探索中、お腹が空いてきたのでそろそろお昼を…と思っていたら駅が無いのに、「駅前通り」と書いてある道に出た。

そして営業中の蕎麦屋「たかはし」へ吸い込まれるように入った。他に営業している飲食店が少なかったので助かった…

店内はこじんまりとしていて数人が座れるほどの小さなお店。
入ってびっくりしたのが値段…250円でかけうどん、かけそばがいただけるなんて…

ちょうど同じタイミングで地元の小学生の男の子が一人でうどんを食べていた。子供一人でも入りやすい価格帯と雰囲気、このお店は入ってすぐに良いなと思った。

月見そば(300円)と天ぷらうどん(350円)。

炎天下の中歩き続けた身体に染み渡る醤油ベースの汁…安くても美味しいものはたくさんあるし、私はこういう場所で頂くご飯が一番すき。
15時まで営業しているとのこと。「昔は18時まで営業していたんだけどね…」と遠い目をした店主のおばあちゃん。
このお店は、昔、真壁駅のホームで立ち食いそばを営んでいたのだった。

真壁駅が廃止になって30年ほど。駅前の現在地に移転し、営業を続けている。
店内には筑波鉄道の在りし日の写真も展示されていた。

偶然入ったお店が、駅構内の立ち食い蕎麦店だったとは…こういう事もあるんだなと、歴史を追っていると関係する方々と思いがけない所で出会えたりするので面白い。
駅前通りの現在
真壁町の東側、かつて真壁駅があった通りが現在も「駅前通り」とグーグルマップに表示されている。

「たかはし」の隣は内田タクシー。かつて駅が存在したことを実感する。郵便ポストがある建物は元丸十ストアー。スーパーのようなお店かしら。


自分で歩いているだけではどこに駅が存在したのかも全く分からないほど駅前通りに遺構はないが、現在老人ホームになっている建物の辺りに駅舎があったと先ほどの店主に伺った。

昭和62年(1987)に廃止されているので、30年以上前の話…それでも変わらずに、立ち食い蕎麦屋「たかはし」が営業していることは喜ばしいことだと思った。
筑波鉄道真壁駅跡
筑波鉄道真壁駅。大正7年(1918)に開業、昭和62年(1987)に廃止となった。以前の記事で紹介したJR水戸線「岩瀬駅」から真壁駅まで繋がっていた筑波鉄道、廃線跡はサイクリングロードとなっている。

写真の緑色の部分が廃線跡。分かりやすい~
現在ホームがあった辺りは、休憩所となっている。

しかも、当時のままホームも残っていた。遺構は全く残っていないわけではなかった…

石積みのホーム。思っていた以上に長いホームで、最終的には1~2両の電車が停まっていたとは思えないほど。

線路や看板などは撤去されて残っていないが、桜の木は当時のままとのこと。春、桜が満開になったら素敵な空間だろうな…

「想い出の樹」というタイトルで桜の樹について説明があった。

この桜の木は、大正5年、当時の真壁駅長によって植えられ、昭和2~30年頃までは十数本あり、現在は残り4本である。
「去る太平洋戦争などに歓呼の声に送られて出征された方々、集団就職などで出発された方々が元気づけられ励まされた思い出深いさくらです。私たちの出逢いと別れと見守り続けたこの機を大切にしましょう」
観光協会が設置したメッセージであるが、なんだか涙腺が緩みそうだった。

もし時間があったら廃線跡をサイクリングしてみるのもきっと楽しいだろうなと思う。

道路の端、砂利が残っているのは線路脇の砂利の名残だろうか…と勝手に思ってしまった。

また、南側の廃線沿いに残る建物が気になった。

古い街灯が残っていたからだ。看板には商店名が書いてあった。

そして「真壁町商工会」のプレートも。

廃線になってから30年。ローカル線は筑波鉄道に限らず、千葉県でも危うい状況と聞く。自分にできることは何なのか、改めて考えさせられるなあと思った。
(訪問日:2021年8月)
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