「新宿通り」と林貞吉氏。木綿市の町として繁栄した商家が並ぶ -真壁⑼
前回かき氷を頂くために、真壁町の西側にある「おかきCafe」へ。その帰りに、北側に東西に伸びる「新宿通り」を探索しました~
真壁「新宿通り」と林貞吉氏
真壁町の北側の「新宿通り」を西から東へ探索。隅々まで歩かないと見落としてしまうくらい、各地に文化財が点在している町…と言いつつ、今回見落とした建物が多いですが(泣)
右手にあるのは「真壁石材協同組合」。真壁は「御影石」の産地として有名とのこと。記事を書いていて気付いたが、敷地内には「林貞吉翁之像」が設置されている。
林貞吉氏は、真壁石材協同組合の理事長を務める、大倉産業株式会社の創業者とのこと。大倉産業株式会社のホームページに詳しくまとめられている。
大正11年、初代社長・林貞吉が運送店を開業。大正15年鉄道省(当時)の指示により、筑波鉄道沿線の運送業者が筑鉄運輸株式会社として一本化された際、林貞吉は同社の取締役に就任するとともに、地場産業の発展を目的として魚倉商店を設立、石材業・菓子原価穀粉業を始めました。これが大倉産業株式会社の前身です。
元々は運送店だったのですね…そういえば、大倉産業株式会社は仲町通りの記事で紹介した石造りの建物。この場所の石碑と繋がってくるとは驚いたな。
桜井家住宅
新宿通りに面した、右手にある木造2階建ての建物は「桜井家住宅」。
明治初期~大正時代に建造された店舗、主屋、西蔵、新蔵が国登録有形文化財に登録されている。
平屋店舗を2階に増築し、西壁は土蔵造りで火災に備える。西蔵と新蔵はともに2階建ての土蔵で、外壁を下見板張で覆っている。
天保の火災の後に土蔵造りにし、防火対策を徹底的に行っているのが凄い。
隣接している「橋本旅館」は花街の記事で詳しく紹介予定。営業しているときに宿泊してみたかったな…
安達家住宅
大きな土蔵造りと門柱、少し破損も見られるが個人的に好みな建物が「安達家住宅」!
文化財のプレートが無かったので、国登録有形文化財には登録されていないのかな。ドーンと構えた土蔵に惹かれ、唯一この建物の前で記念撮影もした。
江戸末期築の見世蔵及び主屋、座敷、門が残っている。江戸末期の本格的な店蔵で住居まで一体的な土蔵造。
現在は使われていないようだが、これから補修・保存されることを願う…
中村家住宅
安達家住宅の向かいにあるのは「中村家住宅」。
明治初期築の主屋、明治期築の文庫蔵、薬医門、塀が国登録有形文化財。
木綿取引で江戸時代の真壁を牽引した中村家の建物群で、塀と薬医門に囲まれた敷地には式台を設けた座敷や重厚な土蔵が残る。
江戸時代、真壁では大阪や奈良、岡崎から木綿を仕入れていたというが、その取引の中心だったのがこの邸宅の中村家…
高い塀に囲まれているため、主屋は外からは見ることができない。
新宿通りの説明看板。木綿市の町として真壁の発展を築いた中村家は、新宿通り沿いに分家もあり、醤油や水油業で栄えたのが安達家であったという。
これらの邸宅は、代官や皇族らの宿泊所にもなったそうだ。
関根家住宅
隣にあるのは「関根家住宅」。明治8年築の店舗と主屋が国登録有形文化財。
通り沿いに2階建ての店舗、奥に平屋の住居をつなげた明治初期の典型的な関東の町屋。奥に作業場を設けた下駄屋であった。
こちらは下駄屋だったのですね~
新宿通り、一本裏道に「みかど旅館」が営業中。
比較的新しい建物。次回はこちらの旅館に宿泊してみたいな!
中村家住宅2
分家の「中村家住宅」。大正2年築の見世蔵、主屋が国登録有形文化財。
真壁の本格的な見世蔵としては最も新しい建物だそうで現在も綺麗な状態で保存されている。
天神横町通り
新宿通りから南に入った細い通りが「天神横町通り」。東側にある天神社から由来していると思われる。
和菓子屋の看板があるが…
「山口屋」は定休日…天神大福が有名らしい。天神横丁を抜けると、以前紹介した仲町通りへ。
仲町通りを西へ進むと「紺屋町通り」。
次回はこの続きからさらに西へ…
(訪問日:2021年8月)
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