「旧茂木佐邸」ロケ地にも!大正13年建造の国登録有形文化財の美しい邸宅 -野田⑷

「旧茂木佐邸」ロケ地にも!大正13年建造の国登録有形文化財の美しい邸宅 -野田⑷

野田の醤油醸造家である茂木佐平治氏の邸宅「旧茂木佐邸」が、現在は野田市市民会館として保存、活用されているとのこと。最近では「僕たちはどうかしている」という老舗和菓子店のドラマの撮影など、幅広く使われているという。

大正13年に建造された国登録有形文化財の邸宅はもっと多くの方に知っていただきたい!想像以上に素晴らしい建築がひっそりと残っていた。

茂木佐家と野田の醤油

まず、この邸宅を建てた茂木佐家と野田の醤油の歴史について紹介する。

野田の醤油造りは、寛文元年(1661年)の上花輪村・高梨兵左衛門家が最も古く残る記録であると言われている。18世紀に入り、地元の村役人や豪農を中心に醤油造りが盛んに。天明元年(1781年)には醸造家7軒が造醤油仲間を結成し、醸造業の発展に尽力した。

その中の一人、茂木佐平治家。茂木佐家は天明2年(1782年)から醤油醸造業を始めた。茂木佐家の本印「亀甲萬」は現在の「キッコーマン」の印。

大正6年(1917年)、野田と流山の醸造家8家が合同で創立した「野田醤油株式会社」の際に、茂木佐家の本印が使われることになった。そしてその団体が、現在のキッコーマン株式会社のはじまりである。

旧茂木佐家邸宅

旧茂木佐家邸宅は、大正13年(1924年)に建設された、もうすぐで100歳を迎える建物!

その後は野田醤油株式会社(現:キッコーマン株式会社)の所有となり、昭和31年(1956年)10月に野田市に寄贈され、昭和32年(1957年)に「市民会館」として地域に開放されることになった。

建物の瓦から柱まで、すべて特注で細かいこだわりが隠されている。昔は、現存する建物のほかに「書院」「ご婦人室」「お離れ」などと呼ばれた幻の建物が存在したという。(その詳細については最後に)

現存している建物は平成9年(1997年)に国の登録有形文化財に、庭園は平成20年(2008年)に県内初の国の登録記念物となった。

旧茂木佐邸裏門

茂木佐家邸宅の地図を描いてみた。

茂木佐家邸宅
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ロケ地にも使用される邸宅

実は、2020年8月から放送されていた老舗和菓子店を舞台にしたドラマ「私たちはどうかしている」(日本テレビ)の光月邸として、この旧茂木佐邸が利用されていたとのこと。

私も後から知りました…ほかにも「天皇の料理番」やCMなど様々なロケ地になっているのだとか。

西門ロケ地

聖地巡りをしたい方もいそう。裏門をくぐると、敷地内へ。

倉庫

堂々たる和風建築が目の前に。

とても立派

入り口が2か所…右側から入る。

右側から

内玄関

玄関からしてこの期待感。細かい格子が素敵。本当は表玄関があるのだが、表玄関を利用できたのは、かつては最上級のお客様のみ。一般人である私は裏の玄関から入ろう。

内玄関
窓も凝った意匠

玄関はそこまで広くはないが、開放感を感じる。特に受付はなく、見学は自由にできるようだ。

玄関

大きな丸窓にも釘付け…

巨大な丸窓

玄関を入り、右手は「菊の間」。応接室として利用されていたらしい。

右手は菊の間

菊の間では市民の方が部屋を利用していた。この邸宅の部屋は、有料の貸部屋となっている。(市内在住であれば菊の間は170円~)

昔の写真の展示

廊下には電話室が残されていた。

電話室

電話室の扉のデザインもシャレている…

可愛い雰囲気

雪・月・桃の間

玄関から左側へ。

廊下

向こうまで続く廊下と全面ガラスの扉。なんて贅沢な…!ここまで広い邸宅が無料で開放されていることに驚く。

雪・月・桃の間

手前から雪・月・桃の間。

 

雪の間

6畳、8条、3条と続く3間は家族団らんの場所。

雪の間では冷蔵庫が置かれ、配膳室の役目があったそうだ。真ん中の月の間は掘りごたつがあり、食事をする場所。奥の桃の間は仏間として使われていた。

家族団らんの3間

3間からは中庭を眺めることができる。とても気持ちいい。

中庭が眺められる
天窓らしき窓
デザインが素敵

3間を区切る欄間もよく見てみると、デザインが違っていて面白い。

丸がたくさん
幾何学模様みたい
こちらは3つの模様
掛け軸

9月に訪れたため、お月見の飾りが飾られていた。

9月の展示

桃の間の天井

廊下

廊下の角にあるレトロな灯りも素敵。

廊下の灯り
小窓

廊下の天井も、普通の天井ではない。格子天井のようになっている。

廊下の天井

中庭を囲む廊下。夏場だったけど、とても涼しい。

中庭を囲む廊下
中庭
美しい廊下

廊下がとても綺麗で、何枚も写真を載せたくなってしまう…!

松の間から柳の間の細い廊下

奥にある松・竹・梅の間は、上級の来客の接待にも使われていた部屋。

松の間

障子は真ん中が開閉できるガラス窓になっている。障子を閉めながら景色も楽しめる工夫だ。

昔の知恵
柳の間

現在の御手洗

現在の御手洗もレトロな感じ。

御手洗
懐かしい

お手洗いの前には柳・楓・藤の間がある。

お手洗い正面

洗面所

急に雰囲気が変わる部屋は洗面所。

雰囲気が違う

茶色の板張りの床と緑色の壁がモダン。

洗面所

かつての洗面所の写真を見ると、まるで床屋さんのよう。

かつての洗面所
輝く灯り

昔の洗面所ってこのような感じだったのか…タイル張りで綺麗。

貴重な洗面所
現在は使用不可

そして天井は開いているようで、換気口だろうか?

大きく開いている

茶色い素敵な床。大正時代の雰囲気が残る。

光沢の残る床

お隣は化粧室だが、入り口が狭い…

廊下

子供が通れそうなくらいの小さな穴。昔はどのように使っていたのだろう?

廊下から化粧室を見る
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更衣室と浴室

そして隣に続く更衣室。

更衣室の天井
ボタン

更衣室に残る古いボタン。剥がれているが、凄い貴重。

かつての浴室の写真

浴室は想像以上に綺麗に保存されており、とてもテンションが上がった。素敵すぎる。

浴室

浴室の壁はベンガラ塗り、天井は網代針という贅沢なつくりだそうだ。

贅沢なつくり

浴室の外にはボイラー室があり、ボイラーの燃料は薪。現在も煙突が残っている。

浴室にちょんと残る灯り。まるで宝石みたいな精巧な形をしている。

光っているところを見てみたい

浴槽も薄緑色のタイル。大人一人がちょうどくらいのサイズ。

浴槽
残っているのが凄い

浴槽自体はとても広い。どれだけ財力があったのかがわかる。

タイルが好き

シャワーの器具もこうした古いものは初めて見た…!とても貴重。というか、当時からシャワーってあったのですね。

ハイカラなシャワー

台所

上台所も、まるでタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気がムンムン。

上台所

板の間になっているところを上台所、一段下がっているところを下台所と呼んでいたという。

食器棚が大きい!

なんだろう?と思った下の写真はベル。

ベル

床の下には地下貯蔵庫への階段が続いているという。大きな貯蔵庫、気になる!

地下貯蔵庫

まな板と飯台が一緒になっている大きな調理台。

大きな調理台

向こう側が下台所。台所が広すぎません?

向こう側が下台所

下台所も昭和のまま時が止まっているようだ。

下台所

こちらは浴槽。先ほどの洋風の浴槽と違って昔ながらの窯風呂。

浴槽
大きな調理台で料理をしてみたい

こちらも相当古そうだ。

タイル張り

台所全体を見渡す。

台所全体

個人的には台所が一番昔の雰囲気に浸れるスポットだったかもしれない。これで見学が自由にできるとは、なんて心が広いんだろう…!

邸宅の裏門から一度出ると公園が見える。

公園も茂木佐公園と呼ばれている

表門

今度は表門から。

表門

表門を入ると、左手に「野田市郷土博物館」がある。会館時間ギリギリだったので見学できなかったのが残念。

野田市郷土博物館もチェック
左が野田市郷土博物館
地図

庭園

庭園の方にも足を運ぶことができる。

庭園

かつてこの場所には幻の書院があった。

広大な庭園

幻の書院が存在したのは、邸宅の左側。現在の庭園の場所。

書院左

その跡がこの大きな石。踏み石。

書院の名残

松樹庵

明治初期に建てられた松樹庵。4畳半と3条の茶室があり、貸出をしているとのこと。

松樹庵

台風の影響か、屋根が少し破損しているようだ。

屋根が破損している

茶室から主屋の方へ向かうこともできる。

通路
ボイラー室の煙突
石碑

正面玄関

正面玄関を最後に。こちらには登録有形文化財のプレートが貼ってあった。確かに最上級のお客様を迎える風格のある入り口だ。

正面玄関

松の木が工事中のようだった。

長く伸びた松の木
登録有形文化財

最後に気になったのは

 

 

(訪問日;2020年9月)