成田線「下総神崎駅」~商店街を歩く。洋館は役場建築? -神崎⑴

今回は、香取郡の「下総神崎駅」へ!地図を眺めていたら、駅から離れた川沿いに商店街が残っていることに気づいた。
なぜ、この場所に…?洋風な建物やレンガ壁など、近代建築好きにとっても見逃せない街並みが広がっていました。
成田線「下総神崎駅」へ
千葉県香取郡神崎町郡。成田線「下総神崎(しもうさこうざき)駅」へ。本数が少ないので時間をよく見て探索しなければならない…

開業は、明治31年(1898)。成田鉄道の「郡(こおり)駅」として開業したのがはじまりだそうだ。昭和32年(1957)に改称。
駅の待合室に、昔の駅舎の写真が展示されていた。

平成10年(1998)に駅舎改装工事がはじまり、多目的ホールを併設した大きな駅舎になった。

下総神崎も、前回紹介した安食と同様、利根川の水運で栄えた街。
そのため、駅周辺ではなく、駅から徒歩20分ほどにある神崎神社とその周辺が現在も商店街の面影を残している。


現在の下総神崎駅。神崎ステーションホールが併設されているので待ち時間も楽だった。

駅前の商店街「神崎町商業振興会」
下総神崎駅前。ロータリーがあるがとても静かだ。

今回は駅前を抜けて、国道356号線を西へ進む。

駅前にはコンビニのヤマザキショップがあるので買い物には困らない。国道沿いにはスーパーもある。

商店街の名前は「神崎町商業振興会」。といっても駅前の商店街は静かだ。

昔はもう少しお店が並んでいたのかな…空き地や駐車場が目立つ駅前。

交差点、右はJA。左は寿し処「ことや」。2014年頃に開店したようだ。

特に何もないまま駅前を通り抜ける。

国道356号をひたすら歩く
国道356号をひたすら西へ。駅から20分以上歩くのだが、暑さのせいかとても辛かった…

お店はほとんど見当たらないが、石碑はいくつも残っているので昔からの人々の息遣いを知る。

少し歩くと、スーパーの向かい側に食堂「さんらく」が見えた。昼時だったので混んでいるようだった。

あ~長閑な風景。国道沿いを歩いているのは私くらいなので目立つ。地元の方でも自転車を利用している。

パン屋さん「福ちゃんのパン」は定休日だった。残念!

駐車場の隅にある焼き鳥屋さんは静か…お昼ご飯を食べる場所が全然なくて困った。

昔はどのような街並みが広がっていたのだろうか。

裏道を入っていくと、神崎町立神崎中学校の裏門へ出た。

開校は、昭和31年(1956)。旧米澤中と旧神崎中が合併統合したという。
namcoのジャンボゴジラ
そして、自動車修理工場の隅に佇むジャンボゴジラ。

namcoのジャンボゴジラ。1995年製とのこと。

私が生まれる前のゲームか~可愛いなと思って中を覗くと…

ゲーム機の中に何かおいてある…これは?

なんと、ゴジラのフィギュア!ゴジラのゲームの中にゴジラの人形を置いたの誰!

ストリートビューを見ると、2018年頃に出現しているので3年ほどはこの場所に放置されているジャンボゴジラ。車だと通り過ぎてしまうと思うので歩いて良かったかもしれない。
そして国道沿いの石碑
そしてまだまだ国道を西へ歩く。
道祖神かな?古い石碑が大切に保存されているのを見てほっこり。

元々はお店だったのかな?と思ってしまう扉が広い平屋の建物。

クリーニング店。クリーニング店では珍しくタバコ屋としても機能している。


厄除け不動尊、神崎大師。

小高い山の中腹に本堂があり、地元では”お大師様”として親しまれているという。

2014年のストリートビューを見ると、隣に「スーパーサカエ 神崎店」の建物が。
そして少し進むと、分岐の所に道祖神が。村や町に災いが起こらないよう、道切りをしている。

様々な石碑が集められているが、小さな石碑は手作り感がある。昔の人々の想いが込められている大切なもの。綺麗に保存されいて凄い。

中学生の頃に街道を歩いたことがあるが、街道沿いの石碑は保存されている方が珍しいほど、今は放置されて荒れていた。ある場所では折れているものも。

今の私たちにとっては石碑は重要ではないかもしれないが、昔の人々の想いが込められているものであり、旅人を守ってくれるものであると思っている。だから出来るだけ大切にしたい。
倉庫のような建物。一見、普通の建物に見えるが…

ハートの窓が素敵。遊び心があるな~

老舗が見えてくる、鍋店
目的地までもう少し…小川製菓の手焼きせんべいは今回立ち寄れなかったが歴史が気になる。

見逃しそうになったけど、大きな碑文?と裏に道祖神らしき小さな石碑。本当にこの辺りは多いな~

街灯がつづいている。国道沿いに商店街は続いているようだ。

こちらは、日本酒醸造所「鍋店株式会社 神崎酒造蔵」。

鍋店の直営店として2019年にオープン。駐車場も広く、品揃えも豊富。お酒のアイス?もあるとか。

ホームページに鍋店の由来がまとめられている。
商号であるなべだなは古く江戸時代に遡り、金座や銀座、または釜座などのいわゆる『座』の一つである『鍋座』に由来します。当時鉄類は有事の際には武器製造の重要な材料であった為、幕府はこの鉄類の製造権利を信用ある地方の素封家に与えていましたが、当社の祖先はその『鍋座』を幕府より預かり管理しておりました。
一方、元禄2年 (1689年 ) に佐倉藩より現在の製造免許にあたる酒造株(1,050 株)を戴き、成田山門前にて醸造を開始しました。
当時老舗のことをお店(おたな)と呼んでいましたが、鍋座の『鍋』とおたなの『店』が結びついて『鍋店』(なべだな)と呼ぶようになったと言い伝えられています。
本店は、成田山新勝寺の総門の隣。ここは直営店として営業している。

”仁勇”という日本酒の銘柄は、古いお店に行くと特約店の看板を見かけたりする。
国道沿いの酒屋の看板にも銘柄が刻まれていた。

商店街らしき雰囲気になってきた。

化粧品店?うっすらと文字だけが見える。

近代建築?洋風な建物
そして、今回で一番不思議な建物。

情報が全然ないのでよくわからないが、教会の居ぬき物件では?という見方もできる。手前の小屋は新しいお手洗い。

全面ではないがところどころピンク色の下板見張り。窓は新しく変えている感じ。

裏から見ると、洋館そのもの。表との印象の違いが面白い。もしかしたら、裏にも古い建物があったのかもな~

2階建て。現在は2階は使われてないような感じである。誰か知っている方いないだろうか…

1階は、自家焙煎珈琲「しかめがね」というお店が営業しているらしい。

その場で必死にホームページを見たが、建物については触れていなかった。
しかし、教会が居ぬき物件になるということはあるのかな?あまり見たことが無い事例だ。

柱のところにある半円柱は何を表しているのか…
珈琲店の方なら何か知っているかなと思うが、店内は静かで一人で入る勇気は出ず。また時間も無かったので断念した。

建物内を見ると、照明の部分もかなり古い。これは年代物では…

今度こそは勇気を出して入ってみよう。
追記:町役場の建物
地元の方によると、昭和54年まで神崎町役場として使われていたとのこと。一時期、使い道がなくて鳩が集まっていた時期もあるそうだが、今は綺麗な状態に。
下総神崎。この後も記事はつづくが、歩いている人は少ないようで情報があまりないので、記事を通して魅力を伝えられると嬉しい。
(訪問日:2021年6月)
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