”コレラの町・習志野” 1964年五輪直前、習志野市大久保でコレラ騒動に

”コレラの町・習志野” 1964年五輪直前、習志野市大久保でコレラ騒動に

「コレラの町・習志野」かつて、千葉県習志野市大久保の町でコレラが発生したことを知っているだろうか?

2020年、新型コロナウイルスが流行し、東京オリンピックが延期に。実は、コレラが発生した時も、1964年、東京オリンピックの開幕直前だった。

今このタイミングで多くの人に知っていただきたい情報だと思ったのでまとめる。

コレラとは

そもそも、「コレラ」とは?

今の私たちにはあまり聞き馴染みが無い病気であるが、かつては世界各地で発生し、恐れられていた。

コレラは、細菌性の感染症。「国立感染症研究所」の記事には次のように記載がある。

コレラは代表的な経口感染症の1 つで、コレラ菌(Vibrio cholerae O1 およびO139 のうちコレラ毒素産生性の菌)で汚染された水や食物を摂取することによって感染する。経口摂取後、胃の酸性環境で死滅しなかった菌が、小腸下部に達し、定着・増殖し、感染局所で菌が産生したコレラ毒素が細胞内に侵入して病態を引き起こす。

1817年から現在までにコレラの世界的流行は7回。日本でも江戸時代から明治にかけて何度も流行し、江戸だけで26万人もの人が亡くなったと考えられている。

コレラによって、コロリと人が死ぬ状態から「コロリ」とも呼ばれていた。

最近の日本では、ほとんどが輸入感染症として発見されることが多く、熱帯・亜熱帯のコレラ流行地域への旅行者が現地で感染する例だという。

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”コレラの町・習志野”と報じられた

2020年、新型コロナウイルスが流行し、東京オリンピックが1年延期になったことを受けて、同じような歴史として千葉県習志野市の大久保地区で流行したコレラを特集するメディアがいくつかあった。

中日新聞(2020年5月6日)『感染パニック、64年五輪でも 開幕直前、千葉で「コレラ騒動」』に詳しくまとめられている。

千葉県とは距離がある中日新聞で取り上げられているとはびっくり。

長く習志野市大久保に住んでいる方であれば知っているかもしれないが、今も覚えている方は少ないのではないだろうか?

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コレラが発生した大久保駅前の商店街

昭和39年(1964)8月23日、国立習志野病院(現済生会病院)に運び込まれた男性。その男性は、次の日に亡くなったが、検査の結果、コレラと判明。

26日の新聞の一面で「コレラで工員が死ぬ」と報道され、”コレラの町”として習志野市大久保が話題になった。

しかも、その患者が宿泊していたのは京成大久保駅前の商店街にある旅館。一斉検査が行われるとともに、市民に対して広報車が予防接種を呼びかけ、上空からはヘリコプターで消毒。コレラ騒動が始まった。

1964年の東京オリンピックの開幕は、10月10日。大慌てで、選手村や各競技場関係者1万2千人を対象にしたコレラの予防接種を前倒しで実施し、五輪で来日した外国人の選手、観客を隔離するための病院もすぐに決めた。

8月25日にコレラが発見されてから一週間で、1万1千人への検便と首都圏での26万人の予防接種を実施。その後、流行はしなかったため、9月1日に終結宣言をした。

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通行禁止の立札も設置された

毎日新聞「コレラの町・習志野 市内に設置された通行禁止の立札」に当時の写真が載っている。

1964年(昭和39年)8月24日、千葉県習志野市大久保で真性コレラが発生。感染源と思われる習志野市内の旅館に宿泊していた男性が死亡。同じ宿泊客の男性も保菌者として見つかる。大久保地区は日本で初の「コレラ発生地区」に指定され、厚生省は大久保地区に隣接する船橋市を中心に述べ5万人を対象に防疫作戦を展開。26日には半月間に患者が立ち回った東京、千葉、神奈川、茨城の各都市県では防疫対策本部が中心になり、懸命な防疫活動が始まった=千葉県習志野市で1964年(昭和39年)8月27日、吉野章朗写す

感染経路は不明だそうだが、旅館周辺は閉鎖に。商店街にあった旅館だろうか。当時、大久保駅周辺にはいくつも旅館があったが、今は無いので面影はない。

また、「上空で消毒剤をまくヘリコプター」の写真もある。

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戦前のコレラの薬

ちょっと余談だが、リサイクルショップで戦前のコレラの薬を購入した。

コレラの薬

当時の定価、50銭。170粒入っている。

裏の用量用法を見ると、

大人は一回二十五粒乃至三十五粒づつ白湯又は清水にて服用すべし

大人は1回で25粒~35粒。全部で170粒入っているので5回分ほど。

裏面

もちろん、今使ったら大変なことになるが、コレラがいかに恐れられていたかがわかる証拠だ。なんとなく、コロナとコレラって似ている気がするのでお守りにしておこうと思って。

説明書も入っている
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調べて思ったこと

習志野市のホームページ「シリーズ・災害と闘う6」(2007年8月23日)に次のような文章がある。

そんな中、市内に衝撃が走った。患者の同宿者の中から、コレラの保菌者が見つかったのだ。コレラの恐怖が甦ってきた。病院や予防接種会場には長蛇の列が出来た。対策本部や病院には体調不良を訴え、検査を依頼する人が絶えなかった。ワクチンも医師も看護婦も足りない。周辺市町村に応援を頼み、何とか不足を補った。衛生研の職員は他に保菌者が「ないか?感染ルートは?感染予防の対策は?次々と出てくる問題に不眠不休の戦いを強いられた。幸いにも保菌者は1名のみで、他への感染の拡大がないことが明らかになってきた。市民も落ち着きを取戻した。

病院や予防接種会場に長蛇の列…

まるで新型コロナウイルスが流行した今と変わらないではないか…

そして先ほど書いたように、一週間で26万人もの予防接種を行うという迅速な対応に驚いた。
戦後復興の象徴である64年東京オリンピック。コレラが流行ったことを世界に知られまいと封じ込めがなされた。

 

2021年7月、東京オリンピックが開幕。

新型コロナウイルスの状況はどうだろうか。決して良い状態とは言えない。

コレラの時とは状況も全く違うが、迅速な対応で無事に東京オリンピックを成功させた1964年と比べると、なんだかなあと。技術は進化し、便利になった世の中だけど、人間はあまり変わっていないなあと。

みなさんはどう思ったでしょうか。

習志野、大久保にコレラのイメージを植え付けたいがために書いた記事ではないです。むしろ、これをきっかけに自分の住んでいる街の歴史を調べる人が増えると良いなと思いました。余談ですが、私が学生だったら、このテーマで自由研究をしたらとっても面白そうだなあと思うのでした。