鴨川の花街について。江戸時代に私娼宿として始まった色街の面影 -鴨川⑺
鴨川の花街について。あまり情報が無いけれど、今わかる範囲でまとめておこうと思います…
分かり次第追記していきます。
鴨川の花街について
千葉県鴨川市。鴨川といえば、京都の方を思い浮かべる方も多いかもしれない。「鴨川 花街」と検索しても千葉県の情報は出てこないし、あまり聞いたことが無かった。
が、館山で花街について地元の方に話を伺っているときに「館山にはそんなシャレた芸者はいないよ、鴨川にはいた」と話していた。といってもずいぶん昔の話なので検索しても情報は出てこないが、今わかる範囲でまとめておこうと思った。
前回の記事でまとめたように、安房鴨川駅東口から南、銀座通りを中心に商店街がいくつも広がっており、近隣の町と比べてもかなりの賑わいがあったことが想像できる。そうなると、花街、そして赤線も存在したのでは?と…
もし何か知っている方がいたら教えてください!
『全国女性ガイド』より
昭和30年、渡辺寛著『全国女性ガイド』に鴨川の情報が載っている。木更津、館山、勝浦といった今まで調べた地域に混じって鴨川の項が比較的情報量多く載っていることに驚きを隠せない。
長すぎて全部引用できないので一部抜粋。
鴨川花街のはじまりは、江戸時代の慶応年間に「うしや」という私娼宿が出来たのが始まりらしい。
芸者の方は明治二十年に桜屋という料理屋で内芸者を置いたのがはじまり。私娼の方が先輩の港町である。
江戸時代に私娼宿「うしや」、明治20年に「桜屋」という料理屋の芸者から鴨川の花街が起こったことが分かる。
茶屋通りとも芝ともいうキネマの周りに固った二十数件の「だるま屋」。平均二人くらいしか女のいない小店だが、その女たちは、現地採用の勝気で涙脆くてぶおんなの安房女オンリー。
赤線らしき場所は、茶屋通り、芝とも呼ぶ映画館の周り…
そういえば、現在も「芝通り」はグーグルマップにも名称が残っている!後で詳しく見てみよう。
また、全国の「遊里リスト」にも鴨川が渡辺寛著『よるの女性街・全国案内版』に載っているとある。もう少し資料調べたらありそうだなと確信した。
鴨川の赤線・芝通り
芝通りは、鴨川市前原。横渚海岸沿いで現在も居酒屋や焼き鳥店などが多い雰囲気。今回の探索では裏道なので歩くのを忘れていたが、よく考えると表通りから見えないような鍵状の路地になっているのが赤線の匂いを感じる。
先ほどのキネマは、「消えた映画館の記憶」で見ると、「鴨川キネマ」のことだろうか。
鴨川キネマは、千葉県鴨川市横渚619-2とある。しかし、中華料理屋宝祥菜館の奥の裏路地に当たるので場所が違っているな~鴨川最後の映画館だったという。
もしかしたら、その裏路地が昔は芝通りだったのかな…
他にも「鴨川銀星」「鴨川スバル座」があったらしいが細かい場所まで特定できなかった。
どこの場所の映画館の周りに赤線は存在したのだろう。今度地元の方に伺ってみよう。
追記:地元の方によると、厳島神社の北側の現在駐車場になっている場所に映画館が存在したとのこと。閉店後は、長屋風の建物を利用した「純子」というカラオケスナック的な飲み屋に。今は面影も無し。
鴨川ユニバースホテル
花街、芸者と関係して鴨川の旅館をこの場で載せておこう。

遠くから見えて気になっていたホテル「ユニバースイン」。

建物は立派だが今は使われていない様子。

斜め向かいに、鴨川ユニバースホテルがあるので系列店だろうか?
昭和レトロなホテルの外観からして老舗感が漂うが、創業は大正10年とのこと。

また、鴨川の老舗旅館として有名な「吉田屋」は現在、「鴨川館」という高級旅館になっている。
江戸時代創業、昭和40年まで吉田屋旅館として営業し、その後商号変更し建物も近代的な建物に。吉田屋時代は、木造3階建ての旅館として有名だったようで、戦前の絵葉書で見かけたことがある。
たぶん吉田屋旅館では特に芸者を呼んで賑わっていたのではないだろうか。鴨川の花街、もう少し調べてみる価値がありそうだ。
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