「根本発展会 」三業地が発展した街。市川の花街の歴史について -真間⑹

「根本発展会 」三業地が発展した街。市川の花街の歴史について -真間⑹

松戸街道沿いで見つけた「根本発展会」の看板。どうやら千葉県市川市国府台駅から続く根本発展会という商店街のようだ。

前回の木内ギャラリーからの坂を下り、松戸街道へ。和洋女子大学や商科大学の通学路となっている商店街を探索した。

真間山から松戸街道へ

木内ギャラリーや弘法寺がある真間山から坂を下ると、松戸街道に出る。松戸街道を北に登っていくと和洋女子大学、千葉商科大学があり、学生が多い街ということがわかる。

真間山の看板

角にあるベーカリーの「新実堂」は自家製のコッペパンの種類が豊富で思わず二度見。コッペパンはオーダーしてからつくるらしい。完熟ばななジュースもとても美味しそう…!

新実堂

新実堂以外はあまり飲食店がないので重宝されているのだとか。

国府台駅前通り 根本発展会

あまりにもお店が無くて、気づかなかったのだが「根本発展会」という緑色の看板が残っているのでこの通りは商店街のようだ。

根本発展会

緑色の根本発展会の看板。市川市市川4丁目なのになぜ「根本」という名称なのか気になる。昭和26年(1951年)に市川市4丁目北側で市川市根本町が新設された歴史があるので、それに由来しているようだ。

根本発展会について市川市が作成した地図があるので参考にする。それによると、国府台駅南側から千葉商科大学までの道沿いが根本発展会である。さらに北側、里見公園や国府台緑地などの方は「国府台共栄会」という商店街になっている。

根本発展会では7月の最終の土日に「謝恩商業まつり」を開催し、模擬店や盆踊り大会など精力的にイベントを開催しているらしい。

今年は新型コロナウイルスの影響があったが、『「GoTo商店街」プレミアム商品券販売』がFacebookで告知されており、即日完売したというので凄いなと思った。

使用店舗:コッペパン新実堂、押賀薬局、パブクローバー、大坂屋洋品店、ネモト電器、クロカワクリーニング、ワンコイン500、リブレキッチン国府台、大むらそば、コーヒーハウスクッキー、カフェレストランクルール、美容室モシュリンヌ、岸歯科医院、お茶とタバコの川宗園、子供図書館カフェサン、麵屋てつ、洗たくやプリート、国府台治療院、焼とり菊乃家、タピオカ雪の茶、ローソン国府台駅前店、カレーイスマイル、カフェローゼ (順不同)

意外と根本発展会の加盟店は多い。カフェや飲食店もあるじゃないか…今回私は探索で見つけられなかったが…

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国府神社

根本発展会の途中にある「国府神社(こくふじんじゃ)」。小高い丘の上に神社がある。

国府神社

日本武尊をお祀りする神社と書いてあるが、国府台(こうのだい)の地名も、下総に国府を置いたから国府台という地名が起きたもの。日本武尊の伝承などが残る由緒正しい神社である。

国府台という地名、改めて考えると凄いなあ…

現在の根本発展会

根本寺

現在は移転してないが、根本寺(こんぽんじ)という寺が国府神社の階段の下にあったことがわかった。寛延3年(1750年)創建で、昭和46年(1971年)に国府台5丁目に移転した。

根本と三業地

根本と花街

根本地域(現在の市川4丁目)には市川三業組合があり、真間・新田地域には市川真間三業組合があった。三業地というのは「芸者置屋」「料亭」「待合(芸妓との遊興や飲食を目的として利用される場)」が三位一体となってい営業許可をされている場所。

根本発展会のあたりに花街があったということになり。割烹小松園は広い庭園や座敷があった。

栗市の渡し

さらに、現在の里見公園の江戸川沿いの駐車場のあたりに栗市(くりいち)の渡しという江戸川の対岸まで行き来できる船着き場があった。

里見公園には大正13年に開業した「里見八景園」があり、東洋一の遊園地を夢見て、1日千人以上が訪れる遊園地をつくったそうだ。プールや遊戯、動物小屋、料理屋など大変賑わっていたらしい。里見八景園についても改めて記事を書きたいな。

栗市の渡しの近くには「鴻月(こうげつ)」という割烹旅館もあり、昭和初期は料亭で遊ぶ方も多かったようだ。『全国市町村便覧』(1949年、全国教育図書)の「全国旅館等級別一覧」で市川の旅館が載っている。(ランク1が最高)

2 中山園
3 田浦
3 市柳
3 松桃館
3 鴻月

渡し船と花街の関係性、他の地域でも同様のことがみられる。

国府台駅前の根本発展会へ

松戸街道を南下し、国府台駅前の方へ。

松戸街道

ビルの一角に残るたばこ屋。昭和の名残のある建物は少なく、高いビルが立ち並ぶ通りだ。

たばこ屋

「良い品安い 大阪屋」は衣料品店だろうか。

大阪屋

とあるビルの階段が半円形でなぜか惹かれるデザインだった。どこからでも階段が利用できるが…

ゴージャスな階段

にらやまビル、デザインが独特。

にらやまビル

分岐を細い方の道へ進み、根本橋の方へ。また根本発展会の看板が見えてきた。

根本橋

ビルの地下へ続く滑り台?荷物を届けるためだろうか。表は押賀薬局だが不思議だ。押賀薬局は昔から変わらず営業しているようだ。『理想的郊外生活京成の美観』(大正5年、三朋社)にも「押賀薬舗」として広告が載っている。

地下への滑り台?
処方箋
国府台駅周辺の地図

根本発展会は、発展会という少し控えめな商店街名が良いなと思った。学生街なので人通りはあるある。これからの発展に期待したい商店街。

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追記:根本発展会の歴史

「市川里見公園新聞」(2007年12月30日発行)にて根本商店街の貴重な記録が書いてあるので引用する。

 市川市は軍隊がきて発展した町である。その中心が根本商店街である。「根本」とは、根の本であり、一番はじめを意味している。根本商店街には軍に物資を納入する店があり、兵を相手とする店があった。小林トーフ店、秋元八百屋、宇田川薪炭店などは軍に納入した店である。常盤湯の裏側に、2~3軒飲み屋があり、兵を相手とする女たちがいた。「モンパリー」という店もあった。ぜんざい屋も2軒位あった。
根本商店街をぬけると市川広小路につきあたり、役場・郵便局・警察署が千葉街道にそってあった。市川小学校のそばに憲兵隊の建物があり馬が飼われていた。
常に2千~3千の兵がいた国府台は、敗戦に伴い兵がいなくなり、根本商店街はさびれた。

根本商店街は、市川での中心街であったのだ。発展会というのはそういう意味であったのか…現在の千葉商科大学のあたりに軍隊が置かれていた。

そして興味深いのは兵隊を相手とする女性がいたこと。軍が置かれていた街では、必然的にそういった場所ができる。市川根本の常盤湯はどこにあったのだろう。調べると松戸街道から京成国府台駅に向かう分岐の手前、江戸川沿いの現在「里見マンション」となっているあたりであることがわかった。先ほどの「大阪屋用品店」のビル、かと思ったらその反対側だった。現在は駐車場に。

銭湯の情報が載っている記事

2005年に常盤湯は廃業。今は跡形もない。銭湯の裏ってどこだろう…

しかし、市川では花街はあったが赤線は無いと聞いたことがある。もしかしたら根本商店街の方が怪しいのかもしれない。赤線ではなく、非公認の青線の可能性の方が高いが…これから調査を続けていきたい。

 

(訪問日:2020年9月)