「平潟遊郭」ここも忘れてはならない!遊女が祈りを捧げた場松戸の「池田弁財天」

「平潟遊郭」ここも忘れてはならない!遊女が祈りを捧げた場松戸の「池田弁財天」

「平潟遊郭」の歴史を持つ千葉県・松戸。松戸、平潟遊郭には建物は現存していないものの、当時の姿を伝えるレトロ電柱が10本近く残っている。以前の記事で平潟遊郭のレトロ電柱&平潟遊郭の歴史について詳しく書いたので、合わせてご覧ください。

【レトロ電柱沼】松戸「平潟遊郭」に現存する、レトロ電柱10本!平潟遊郭散歩②~総集編~

 

しかし、これだけで満足してはいけない!

平潟遊郭から少し離れた松戸市役所のあたりに、遊女が熱心に祈願に訪れていたという弁財天が存在する。マンションに囲まれたただならぬ雰囲気漂う弁財天。その逸話にも注目して欲しい。

 

松戸駅から池田弁財天へ

池田弁財天へは、松戸駅から松戸市役所の方面へと進み、松戸市役所と松戸市教育委員会の間の道に鳥居の入り口がある。

 

池田弁財天へと行く前に、ディープ好きな人には寄ってもらいたい場所がある。時間がある方は池田弁財天へと行く途中にあるので足を延ばしてみて欲しい。

松戸駅東口を出て、北側の線路沿いを進んでいく。飲食街を抜けると、住宅街が広がっているのだが、なんだか違う雰囲気の一角がある。

「岩山稲荷」

「岩山稲荷」と書かれた鳥居。岩山というだけあって、ごつごつとした岩山がそびえ立っている。階段も整備されていない様子で、少々歩きづらい。

階段の途中、石で出来た謎の跡を発見。これは…?

この岩山稲荷は、松井天山の昭和5年の鳥瞰図にもバッチリ載っている。下の画像、左手に現在と変わらない位置にある。

 

松井天山の昭和5年の鳥瞰図

当時から、変わらない標高なのだろうか?小高い岩山の上から見渡す松戸の景色。

そして、さらに驚いたのは隣が「角海老」であること。

 

角海老

角海老のチェーン店は吉原をはじめ、関東近辺にあるのだが、松戸角海老根本店が岩山稲荷の隣にあるとは、違和感しかない。

 

角海老入り口
角海老松戸根本

角海老の建物を上から見物できるのはこの場所だけではないだろうか。

さらにディープ平潟遊郭に関する「池田弁財天」へ

ちょっと不思議な気持ちになりながら、池田弁財天へと向かう。しかし、迷子になった。地図を見ていたのにも関わらず、池田弁財天が見つからない。それもそのはず、池田弁財天はビルに囲まれてその姿を表に出していないからだ。そのため、目を凝らして池田弁財天の鳥居を探す必要がある。

 

池田弁財天

やっと見つけた鳥居。ん?なんかおかしい。

 

池田弁財天の鳥居

奥に引き込まれるように、木製の鳥居がずらーっと並んでいる。しかも、鳥居に高さが奥に行くほど低くなっているのだ。腰をかがめないと通ることができない…

 

鳥居の入り口には「子どもだけで辨天様へ入って遊んではいけません」との看板。

これはただならぬ雰囲気。人を寄せ付けないための鳥居なのか、言えることは冷やかしで入ってはいけないということだろう。

池田弁財天の境内

境内に入ると、隠れ家のようなこじんまりとした敷地にまた驚く。中央に拝殿とあずまや。屋根とベンチがいくつか設置されていることから、休憩所?のような役割も果たしているのだろうか。しかし、防犯カメラが反応するため、ゆっくりできる気分でもなかったが。

鯉が泳いでいる。桜の季節だったため、上を見上げると桜が咲いていた。

拝殿には、お供え物がしっかりとされているようだ。

拝殿

三つの三角のマーク?家紋?が気になる。至る所で見かけたのだが…

 

 

お賽銭の前にぶらさがっている、鈴緒。鈴も大きいが、鈴緒もこんなに太いものは初めてみた。人間と同じくらいの高さ、太さがある。

拝殿の横には、棚に並べられた絵馬と白蛇の置物が並べられていた。

一見、蛇に見えないフォルムだが、当時の人々の想いが現在も絶えず残っていると思うと、感慨深いものがある。

子どもが遊びで立ち入ってはいけないというのはこういうことかと納得。

カラーの絵馬。これはかなり古そうだ。それにしても大事に保存されている。

平潟遊郭の遊女の祈願

平潟遊郭の遊女が祈願したという話は、あずまやに丁寧な説明書きがあるので見て欲しい。最初は軽い気持ちで読み始めたのだが、最後まで読むと心に響くものがある。歴史的背景を知ることで、見方が変わるとはこのこと。

 

池田弁財天霊験記 遊女の祈願

全文書くと長いため、最初だけ書き出すことにする。

 

池田弁財天霊験記 遊女の祈願

「もうし池田の弁財天様。女として一番大切な、そして恥ずかしいところですが、どうぞなおしてくだしゃんせ」草木も眠る丑満刻に美女が一人、蜜と忍んで来たのが小根本(現、市役所隣)の池田弁財天のお堂にて、時は文久三年の末のこと。松戸は平潟遊郭のおきてのきびしい勤めの身をば、どう抜け出してきたのか笹野家抱えの遊女のおつる。引くてあまたの忙しい体ながらも、どんな客でも大切にするおつるは、気立てのよいのが朋輩衆の受けもよく、主人にほくほう儲けをさせていたまではよかったが。どこのお客が持ってきたのかお土産は、荷物にならぬその代わり付いた名前が、淋し病に梅の毒という、これをおつるが頂戴したあとが、えらい事になったのだ。抜き身を納める大切な鞘にガタが来たどころではない。腫れてくるわ、熱は出るわ、痛みは日毎につのるばかり。…

 

池田弁財天の周りは、当時池で囲まれていたようだ。

池田弁財天の周辺が池だった時の風景を写真を基にイラストを描いた。↓

現在、池はすっかりマンションやビルに変わってしまった。

 

池田弁財天

平潟遊郭が気になる方は、ぜひ池田弁財天の遊女の想いも馳せてみてはいかがだろうか。

平潟遊郭探索については↓

【松戸】平潟遊郭に関する2つの道標。~平潟遊郭散策①~

【レトロ電柱沼】松戸「平潟遊郭」に現存する、レトロ電柱10本!平潟遊郭散歩②~総集編~

 

(訪問日:2020年3月)