「平井三業地」平井にも花街が存在した。平井3丁目に残る料亭と電柱の名残 -平井⑶

「平井三業地」平井にも花街が存在した。平井3丁目に残る料亭と電柱の名残 -平井⑶

平井。総武線の中でも、かなり知名度が低そうな駅だと思う。が、駅に降り立ってみるとたちまち昭和の面影が残る建物や商店街が多く、面白い街だ。

その平井にも花街が存在した。「平井三業地」。その歴史を紐解いてみよう。

平井三業地とは

「平井三業地」。実は違うメディアで平井三業地については扱ったことがあるので、今回は重複する形にはなるがより深い探索を使用と思い再訪問した。

以前の記事↓

総武線・平井駅に残る、花街の名残。「平井三業地」を散策する

一般的に「三業地」は、料理屋・待合茶屋・置屋(芸者屋)をまとめた総称のこと。江戸川区平井3丁目あたりに、平井三業地が存在した。昭和初期、関東大震災の被災者が平井に移り住み、昭和12年(1937)頃に「平井三業組合」も設立。戦前は置屋45軒、待合30軒以上、料理屋7軒、芸妓250名以上と大規模だったことがわかる。

「文明開化の夜が明けりゃ 平井田んぼの蛙の子、三味の音色に踊りだす。天下晴れての太平町、平井田んぼに灯がついた」と歌われるほど。

その後、時代の変化により昭和50年代に花街としての歴史は幕を閉じた。

しかし、あまり情報が無い平井三業地。地元の方も知らない方が多いかもしれない。

 

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料亭 まじま

当時の面影を現在に伝えるのが「料亭まじま」。戦後から、現在まで唯一営業していた料亭だ。東京都江戸川区平井3丁目。

料亭まじま

総武線「平井駅」南口から南西へ住宅街を入ったところにある立派な建物。ほぼ情報がないので、随分前から営業していないのかな…でも、1年前に訪れたときはひな祭りの飾りが玄関に見えたんだよなあ…

まじま入り口

入り口には、料亭の鑑札。これが花街の証。

鑑札

青いスペイン瓦のようなデザインと白い壁。綺麗に保存されているが静かだ。

 

綺麗な建物

平井の花街の歴史を残す建物は、あまり注目されずに幕を閉じてしまったのだろうか。

勿体ないな

料亭まじまの看板。看板が設置されているのでまだ営業しているのかな?

まじまの看板

正面から横へ。奥にも離れのような建物と門が立派…

裏門?

想像していたよりも敷地面積が広い。

壁がつづく

過去のストリートビューを見ると、正面に看板が2つ飾ってあったが現在は取り外されている。やっぱり営業していないのかな。

料亭の裏側?

料亭まじまの裏側も気になったので行ってみた。程い通りだ。

料亭の裏側へ

古そうな壁、和の佇まいの門が見える。果たしてこれは料亭の敷地なのか、わからないがあまりにも風情があるな~

裏口

白い壁が映えている。

白い壁

割烹あじさい

料亭まじま以外にも花街の名残を残すお店がある。

平井の花街のおもかげ

奥にあじさい、と看板がある。一般人が入れるようなお店ではなさそう。こちらは着物を着た方が出入りしていた。

あじさい

料理店の鑑札を発見。

料理店

サバークラブ 鍵

花街の名残なのか、飲み屋街が広がっていて面白い。

飲み屋街

店名の通り、大きな鍵がトレードマークのお店。

細い通りに飲食店が密集している。

ごちゃごちゃした路地

密集する飲食街

花街はなくなっても、大人の楽園であることは変わらないのかもしれない。

飲み屋街

綺麗な外観のお店もあれば、そのままの外観のお店もあって多種多様。

色々なお店がある

蔦なのか、もじゃハウスになりかけているノスタルジックなお店。

自然が元気
平屋

分岐があると、どっちに進むか迷って楽しい。

魅惑の分岐

駅に近づくと中華料理屋「伊豆っ子」が見えてきた。

 

伊豆っ子

町中華が営業中。コスパの良い中華料理屋だそうだ。

美味しそう

三業地の名残の電柱

三業地の名残は、建物以外にないのかな~と探し中。さきほどから一本南側の通りへ。

さっきより道幅が広い

なかなか渋い外観の建物があった。商店だったのだろうか?2009年のストリートビューを見ても同じ感じだったので随分前に廃業したのかな。

商店、アパート

たばこ販売店のホーロー看板付。

ホーロー看板

どんな商品を扱っていたのか、気になるな~

隠されている

隣は病院なのだが、何気なく電柱を見てみると

”三業”のプレート!

三業

まさか電柱に名残があるとは…とてもびっくりした。病院の奥にも、飲み屋が連なっているので、この辺りも三業地帯だったのかな?

意外と探せばもっと残っているのかもしれない。見落とした建物もあるので、また平井探索したい。

 

 

(訪問日:2020年11月)