「女学園通り」だった道には、活動常設「宮下館」かつての華やかな通り -東船橋⑶

「女学園通り」だった道には、活動常設「宮下館」かつての華やかな通り -東船橋⑶

東船橋駅探索、目的だった病院建築も見ることができて大満足であるが、最後に近くに銭湯があると聞いたので寄ることに。

銭湯が残る街ってなんだか惹かれてしまう。それくらい銭湯の軒数は年々減ってきているからだ…と思っていたら、まさか再び映画館を発見することに。今回の探索は大当たりだな~!

船橋大神宮

千葉県船橋市。JR船橋駅、京成大神宮下駅から徒歩で行ける船橋大神宮の脇にある石碑から今回はスタート。これなんだかわかりますか?

船橋町道路元標

船橋町道路元標。道路の起終点を示す標識であり、全国に設置されていた。船橋大神宮から船橋駅の方に向かう商店街を眺める。成田街道の宿場町として賑わっていた通りだ。

船橋大神宮からの眺め

今回は、成田街道から外れ北側の道へ進む。船橋市宮本1丁目のあたり。

映画館「宮下館」

いつものように、松井天山が描いた昭和3年の船橋町鳥瞰図と照らし合わせてみた。すると…!

鳥瞰図

黄色で囲った「活動常設宮下館」とあるのがわかるだろうか。建物もお城のような異様な佇まいで、目立っている。その周辺にはカフェー大久保、カフェー宮下、宮下 撞球場とあり、この一帯が繁華街であったことがわかった。右手前にあるのが船橋大神宮であり、黄色の北に伸びる道が今回通った道。

銭湯らしき煙突も奥に見える。映画館があった場所は、その後どうなったのだろうか。昭和31年の住宅地図を見る。

同じ場所に「宮下館」とあり、周辺には高砂旅館、吉の湯。そして南北に伸びる通りは「女学園通り」と書いてある。「船橋学園」が北側にあるためだろうか。

宮下館がある西に伸びる道は「市役所通り」。以前の記事でも書いたが、移転する前の市役所がこの近くにあったのだ。そして現在もその名残か旅館が残っている。

【船橋】廃墟旅館「妙泉」。樹林におおわれた船橋の住宅街に眠る和洋風の旅館

市役所通りであるなら賑わっていてもおかしくはない。納得した。

昭和48年の住宅地図では「船橋日活」に。現在、宮下館跡地は「東城商店」といった韓国食堂などが立ち並ぶビルになっていた。

宮下館跡地

ピンク色の建物の左側の道を進むと市役所通りだったそうだが、現在は閑静な住宅街に。銭湯吉の湯も跡形もない。最近建てられたような新築の家が建っている。手前にある菓処むさし野は昭和31年の住宅地図にも載っている老舗の和菓子屋。

むさし野
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貴重な写真

『写真アルバム 船橋市の昭和』

『写真アルバム 船橋市の昭和』(2016年、佐々木高史、株式会社いき出版発行)に船橋市の貴重な写真がたくさん載っている。その中で、元「宮下館」である「船橋日活」の写真が載っているので引用する。

宮本1丁目にあった映画館、宮下館から海老川方面を望む。写真右側手前が大正13年に開館した宮下館である。前の道は宮下館通りとよばれ、各種の商店・店舗があり、人の往来が多かった。写真奥の万代橋を渡ると御殿通りになる。この通りは古くから船橋旧市街のもうひとつの中心道路であり、途中に旧船橋市役所があった。<昭和29年>

 

昭和29年

写真を見ても、人通りが多い道であったことがわかる。現在の通りからは全く想像ができない…丸い電球がついた街灯も立ち並び、本当に中心道路だったのだな…

他にも女学園通りの写真が載っている。

国鉄船橋駅へ通勤者が急いでいる。このころの駅前通りの毎朝の風景であった。向こうにつづく道は駅前魚市場を通って船橋女学園(現東葉高校で、移転している)へと至る道である。右の角は古くからの乾物店であった。<昭和45年>

昭和45年、女学園通り

『目で見る 船橋の100年』

『目で見る 船橋の100年』(2007年、神津良子、株式会社郷土出版社)にも宮下館の昭和44年の写真が載っていたので引用する。

船橋日活宮下館(昭和44年)
ここから左側に入る道は宮下館通りで、この先の万代橋を渡ると御殿通りとなる。宮下館は大正13年に開業、松竹系の映画を上映していたが、日活系になった。

 

昭和44年

昭和を彩る大スターの写真がずらり。自転車やバイクが駐車されており、繁盛している様子がわかる。とても貴重な当時の写真を見ることができ、現在と比較できるので嬉しい。

女学園通り

女学園通りと呼ばれた通りを歩いてみる。3階建てのビルにはスナックプリティというお店があった。

スナックプリティ
居酒屋世知子

渡辺商店は、昭和31年の住宅地図では「渡辺米店」として営業していたようだ。映画館がある当時からあるお店ということになるが、営業していなそうな雰囲気。

渡辺商店

銭湯宮の湯

銭湯「宮の湯」の看板が見えてきた。

看板

薬草、漢方といった看板があるが果たして銭湯に関係があるということなのだろうか?

長寿園

手前にはコインランドリーが併設。

コインランドリー

正面から見ると3階建てのビル。途中で新しく建て替えたのだろう。少なくとも昭和3年の鳥瞰図に載っているので開業はかなり前。

宮の湯

のれんがいい感じ。入り口からしてレトロな雰囲気が漂っている。タイル絵も素晴らしいのだとか…!機会があったら入りたい!

入り口

ヘルストン?ってなんだろう。聞きなれない言葉が多くて気になる。

宮の湯の特徴

しっかりと煙突が残っているということは、薪でお湯を沸かしているのだろう。かなりレアである。

宮の湯の煙突

女学園通りから東葉高校へ

女学園通りという名称は現在残っていないということは、移転したということだ。船橋学園から「東葉高高等学校」と改称し、船橋市飯山満に平成8年移転。その創業は大正14年というので100年以上の歴史を誇る学校だ。

現在の女学園通り

現在その跡地にはマンションが建ち、併設する公園に「学校法人船橋学園跡地」の石碑が残っている。

学校があったころはきっと人通りも多かったのであろう。

焼肉レストが気になる。

焼肉レスト
子どもの本専門店
かつての女学園通り

宮下館、船橋日活、そして女学園通り。かつての面影をとどめるのは銭湯「宮の湯」のみ。町は変わり続けている。

東船橋探索シリーズ↓

「凌雲荘」東船橋の別荘地。「西の海神、東の花輪」 -東船橋⑴

3つの昭和の病院建築にうっとり。路地には船橋日活も。 -東船橋⑵

(訪問日:2020年9月)