「船橋本町通り」昭和30年代の古写真と現在の商店街の街並み

船橋駅南側にある「船橋本町通り」は、かつて「船橋宿」という宿場町として栄えたエリア。今回は、昭和30年代の本町通りの写真と現在を見比べながら、本町通りの歴史を見ていこうと思う。
船橋本町通りの歴史
千葉県船橋市本町。今回船橋本町通りは、現在の船橋駅南口から南側に位置し、東西に伸びる商店街である。
その歴史は古く、船橋大神宮の門前町として栄えた室町時代まで遡る。その後、江戸時代には宿場町「船橋宿」として栄え、遊廓が存在した時代も。
江戸中期頃から、江戸から成田山新勝寺への参詣が盛んになると街道は「成田街道」と呼ばれ、成田街道沿いの中でも船橋宿は一番賑わったとされる。
しかし、幕末の「市川・船橋戦争」により大半が焼失してしまった。
その後、昭和30年代になると木造の建物が多かったため、耐火建築工事を始め、建物の高層化・道路の拡張などを行い、現在に至る。
今回紹介するのは昭和30年代の写真。工事が始まる前の貴重な街並みだ。
昭和30年代、船橋市本町通り商店街の写真
森田呉服店のご主人から、船橋市中央図書館で昭和の写真が展示されていると聞き、立ち寄ってみた。なんと、最近個人の家から見つかったものらしく、商店街の1つ1つのお店が記録されている大変貴重な資料!
これは凄い!と思って1枚ずつ写真に収めてきた。

展示には、地図とお店の1つ1つの写真が掲載されている。大量の写真なので、コメントは控えるが昭和30年代と今をぜひ見比べてみて下さい。

※1丁目から順番に載せていますが、途中順番がバラバラかもしれないです。
本町1丁目




























本町2丁目











本町3丁目











本町4丁目

















本町5丁目









船橋の昭和の写真を募集中とのこと。もし持っている方がいたら一報を。

追記:読者の方より
写っている車のナンバープレートの様式と車種群から昭和37年夏ごろまでに撮影された写真と思います。 ※詳しいサイトからの受け売りですが、ナンバープレートで数字の間にハイフンが入るのは昭和37年8月以降
今回の写真は、昭和37年頃までに撮影されたものだと分かった。
船橋本町通りの現在の様子
船橋本町通りの令和の現在の様子。残っている老舗店を見てみよう。
川守商店
本町4丁目、船橋市中央図書館の西隣にあった「川守商店」。


「船橋つうしん」に記事が載っているが、2021年3月31日をもって139年の歴史に幕を閉じた。明治15年創業の乾物店。

「しゅがあ」の看板がとても可愛い。

ストリートビューで営業しているときの写真が残っている。
こういうお店っていつまでも営業しているような錯覚を持ってしまうのだけれど、どんなに老舗でも閉店するときはするんだよね…

廣瀬直船堂
本町3丁目の老舗菓子店「廣瀬直船堂」。

江戸時代創業、建物は大正7年(1918)。
以前記事で詳しく紹介しているので合わせて↓
船橋「廣瀬直船堂」創業300年を越える老舗和菓子屋で当時の様子を伺った
店主がとても話しやすい人なのでいつも仲良くしてくださる。雰囲気も素晴らしいのでぜひ立ち寄ってみて下さい。
森田呉服店
本町4丁目、廣瀬直船堂の向かい側にあるのが「森田呉服店」。

本町通りは高層化が行われており、老舗店が向い合せに残っている景色は珍しい。これからも大切にしていきたい。

ささや化粧品店
森田呉服店の東側にあるのが「ささや化粧品店」。

資生堂化粧品のフォントが素敵。
中華料理屋「宝楽」
老舗なのかはわからないけど、個人的に行きたいと思っている町中華のひとつ。

川奈部書店
本町3丁目にある「川奈部書店」は見逃せない。

なんと、太宰治も利用したという書店。太宰治は船橋のことを好んでいたようで、去年閉業した「玉川旅館」をはじめとして各地にゆかりの地がある。

書店の北側には、太宰治がよく訪れていたという「御蔵稲荷神社」も近いので散歩コースだったのかな、なんて考える。

昭和30年代の写真が飾られているが、今と違って広い店舗だったのがわかる。

書店の西側の通りは、「川奈部通り」を呼ばれていたことが昭和の地図から確認できた。
島村写真館
建物は新しいように見えるが、レトロな雰囲気の「島村写真館」。

精古堂印舗
創業明治37年とある「精古堂印舗」。

書店と同じく、建物はビル化していて店舗は小さいが今も続ているお店。

半田電気店
本町4丁目、八千代橋に近いところにある「半田電気店」。

本店の西側にあるのが「半田電気店」のAV館。今は閉まっているように見えるが、別館があるくらい大きなお店だとわかる。

本町通りはみんな同じように3階建ての建物が並んでいて整備された街になっている。

船橋の由来・八千代橋
本町通りの東側、海老川にかかっている橋が「八千代橋」である。
ここに船橋の由来が書いてある銅板が設置されている。「船橋魅力発信サイト」にもまとめられているので引用する。

その昔、市内を流れる「海老川」は、現在より川幅が広く、水量も多かったため、橋を渡すのが困難だったそうです。そこで、川に小さな舟を数珠つなぎに並べて上に板を渡し、橋の代わりにしたことから「船橋」という名がつきました。
船橋にちなんで、船の先頭部が設置されている。海老川は今は整備されて綺麗な川に。

また、橋には船橋の伝統芸能の「ばか面おどり」も。

この相撲は、船橋大神宮で行われる相撲大会を表しているのかな?

こちらは江戸時代頃?と思われる八千代橋の風景。宿場町だったころですね~


本町2丁目
本町通りの西側へ、本町2丁目にあるそば屋「大新庵」が渋い外観ですき。

安くてボリューム満点、お昼時は混んでいるなと感じた。

船橋駅周辺は喫茶店が多くて、本町通りにある「サウサリート」は見逃していた!今度入らなければ…

稲荷屋
本町1丁目にある老舗割烹料理屋の「稲荷屋」。

東京湾でとれた江戸前のうなぎを扱う料理屋として、慶応元年に創業。宿場町にたどり着いた人々はここで腹ごしらえをしたのだろうか。一度入ってみたいな。
藤代酒店
廣瀬直船堂、森田呉服店と並んで古い建物が残っていた「藤代酒店」は、2021年3月頃に取り壊されてしまった。

今まで撮影していた写真がいくつかあるので載せておこう。
確かに今まで残っているのが不思議なくらい、廃業してからも放置されていたみたいだが…

放置自転車なのか、自転車が置かれているが気になる。



正面から撮ろうとすると木が…ここは文化財登録などはされずにずっと放置されていたのだろうか。


金親金物店
藤代酒店と同じ並びにある「金親金物店」も130年以上の歴史がある老舗だ。

現在も営業している。


閉店した「鶴長」
本町通り商店街ではないが、西側にうなぎ問屋の「鶴長」があった。創業は慶応3年。

2021年2月頃に閉店。取り壊しに。

訪れた時は工事中だった。

船橋本町通りの記事、いかがだったでしょうか。閉店、取り壊しになった建物も記録できてよかったです。移り変わりが激しい場所なので、定期的にチェックしたいなと思います。
(訪問日:2021年2月)
-
前の記事
船橋「二葉そば店」。山口横丁の70年を超える老舗蕎麦店の本店 2021.09.05
-
次の記事
船橋「森田呉服店」。明治初期の建物で”手ぬぐい”を購入 2021.09.06
鶴長もなくなっていたなんて。
仲町通りにお店があり、母がうなぎや肝を買っていました。