「船橋ヘルスセンター」子供の天国夢の国?かつて存在した東洋一の大温泉娯楽場とは?

「船橋ヘルスセンター」子供の天国夢の国?かつて存在した東洋一の大温泉娯楽場とは?

「子供の天国夢の国」かつてそう謳われていた「船橋ヘルスセンター」という場所をご存知でしょうか?

千葉県船橋市に昭和52年まで存在した総合レジャー施設「船橋ヘルスセンター」。現在は「 ららぽーとTOKYO-BAY」として若者に人気な施設となっている。

現在残っている資料をもとに、どんな場所だったのか調べてみることにした。

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船橋ヘルスセンターとは?

船橋市の魅力発信サイトに船橋ヘルスセンターの写真と歴史が載っている。

昭和30年(1955)に、大衆温泉としてオープンした船橋ヘルスセンター。敷地面積12万坪、温泉施設だけで1万坪!

”日本一安い、温泉と海と娯楽の大デパート”をテーマに、温泉施設や遊園地、プールに海水浴、ゴルフ場、ボーリング場、アイススケート場、サーキット場、遊覧船等々、当時の常識では考えられないほど、広大な敷地にさまざまな”娯楽場”があったのです。

凄い…健康のための施設にしては大規模だな~びっくり。

昭和27年に船橋市の海埋め立てがはじまり、ガスの採掘を行ったところ、温泉が湧き出たので温泉を売りにヘルスセンターができあがったみたい。
元々、船橋の海側は昨年取り壊された「玉川旅館」「三田浜楽園」などがあったように、リゾート地として昔から知られていた場所だった。

昭和30年当時は、近くに谷津遊園があったがこうした遊び場というのは少なく、かなり賑わったそうだ。しかも入場料が比較的安く、一度入場すれば使い放題の無料施設なども多かったらしい。

最寄り駅は現在の京成線船橋競馬場駅。昔は「センター競馬場前駅」。
バスの路線もあって、昔の写真を見ると多くのバスが止まっている。現在も袖ヶ浦団地近くに看板が残っていた。

センター競馬場駅前

入場料が安かったのは羨ましいな。今ってこういう施設少ない気がする。

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船橋ヘルスセンターの施設

船橋ヘルスセンターの施設ってどれだけあったのか気になりますよね。一覧で書き出してみました。
表の家」というブログに貴重な写真と詳細情報が載っていました。

・巨大温泉(ローマ風呂)、岩風呂、牛乳風呂、子供風呂、家族風呂、トルコ風呂
・宴会場
・大劇場
・ゴールデンビーチ(海上公園)
・長安殿
・ボーリング場
・ゴルフ場
・美術館
・遊園地
・水上スキー
・卓球場
・宿泊施設
・ローラースケート場
・アイススケート場
・サーキット場(船橋オートレース場に)
・人工芝スキー場
・野球場
・テニスコート
・遊覧船(海賊船がりばあ号)
・船橋飛行場
・ドッグレース場
・ゲームセンター
・潮干狩り、海水浴
・各国村十棟
・サロン、お食事
・商店街?

これだけ揃っていたらまさに老若男女問わず誰でも楽しめそう!

さらに詳しい情報は、『昭和「娯楽の殿堂」の時代』で知ることができる。

 

船橋ヘルスセンターの貴重な写真を提供していただいた。右は食堂の様子みたいだけど、凄い盛況!

船橋ヘルスセンターの写真

写真が残っていると雰囲気がわかるのでとてもありがたいですね!

・トルコ風呂というワードがちょっと引っかかるが、今のような風俗的な意味合いは無い健全な蒸し風呂では?といわれている。

・船橋飛行場は、昭和33年から昭和44年まで存在した。が、昭和45年に墜落事故が起きてしまった。操縦者は死亡、乗客のカップルは重傷。そのため閉鎖された。

・各国村というのは、各国の民家を模したものだそうで宿泊もできる施設。良いな~

そういえば、ららぽーと西館入り口に巨大な船の遊具があるが、がりばあ号を模した遊具らしい。意外なところに名残があるもんだな。

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船橋ヘルスセンターのプチ情報

・呼ばれていた名称
日本一大きい、日本一面白い、日本一安い、温泉と海と娯楽の大デパート
温泉デパート
子供の天国夢の国
東洋一の大温泉娯楽場
白亜の温泉デパート

・長生きチョンパ?
テレビCM『長生きチョンパ』で船橋ヘルスセンターが有名になったそうだ。

・当時を知る人に話を伺うと、人気テレビ番組だった『8時だョ!全員集合』の公開放送が劇場で行われていたこともあり、憧れの場所だったという。劇場ではさまざまな有名人の方が訪れていた場所なのですね。

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船橋ヘルスセンターが閉園

年間400万人以上の入場者があった船橋ヘルスセンターにも終わりがくる。

昭和40年代に、東京湾岸の地下水等の大量くみ上げによる地盤沈下が問題となると、昭和46年(1971)に採掘が中止。そのまま昭和52年に閉園となった。(ちなみに谷津遊園は10年後の1982年に閉園)

レジャーの多様化によって、来場客数の減少も関係があるそうだ。

ららぽーとTOKYOBAYに

21年半の歴史に幕を閉じた後、商業複合施設「ららぽーと船橋ショッピングセンター」が昭和56年(1981)にオープン。

現在のららぽーと

その後「ららぽーとTOKYOBAY」と改称。平成13年に「ららぽーとの湯常盤殿」として温泉施設がオープンしていたが、それも現在は無い。

また、京成バスの「劇場前」という停留所も最近まで残っていたそうだ。

ららぽーと駐車場

ららぽーとの建物も10年ほど前にリニューアルされ、回転展望レストランなどが無くなった。当時の写真はこちらに↓

旧伊勢丹回転展望レストラン。人気を博した松戸旧伊勢丹の回転展望レストランの末路

2012年

ゴールデンビーチ、プールだえは数年間営業を続けたが、オートレース場に。現在IKEAが建っているあたり。

IKEA
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船橋市郷土資料館の展示

船橋ヘルスセンターの資料を見たい!と思ったので、船橋市唯一の郷土資料館「船橋郷土資料館」へ。千葉県船橋市薬円台にある。

2階に常設展示があるが、船橋の歴史が時系列に表現されているパネルがある。

船橋の歴史
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船橋ヘルスセンター

昭和のコーナーにて、船橋ヘルスセンターの貴重な資料が展示されていた。

船橋ヘルスセンターの資料

「船橋ヘルスセンター 手ぬぐい」

半纏の形だが、広げると長方形の手ぬぐいだそうだ。とても面白い!

手ぬぐい

「船橋ヘルスセンター御案内図」

船橋ヘルスセンター御案内図

昭和35年頃のパンフレットだそうだ。施設が多すぎて把握しきれない!

説明

写真付きのパンフレット。

写真がたっぷり

東洋一の大温泉娯楽場…今もあったら良いのになあなんて思ってしまう。

東洋一の大温泉娯楽場

貸し切り風呂の料金。トルコ風呂のサービス付きが気になるなあ。どんなサービスなんだろ。

料金

カラー写真がパネルに掲載されていた。奥が東京湾。

昭和34年頃
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ららぽーとスキードームSSAWS

「ららぽーとスキードームSSAWS」

もしかしたら知っている方もいるかもしれない、2002年まで営業していた屋内スキー場。

ららぽーとスキードームSSAWS

平成5年(1993)にオープンし2002年まで。当時世界最大、史上最大の屋内スキー場だったという。運営は株式会社ららぽーと。元々ザウスは10年限定の施設として建設されたそうだ。スキーがいかに流行していたかがわかる。

当時の写真(1992年)を持っている方がいた。

1992年
1992年

天井も広くのびのびとスキーが楽しめそう。羨ましい~

YouTubeに動画も残っていた。

屋内スキー場って当時は近くに津田沼などもあったらしい。

1992年

津田沼のスキー場があったのは、現在の津田沼駅近くのイオン。写真を見ているととても華やかなスキー場だったことがわかる。

こちらは「船橋アンデルセン公園」のパンフレット。昭和52年(1987)に「ワンパク王国」として開園。

ワンパク王国

最近日本の人気テーマパークランキングで3位になったため、知名度が上昇している。

時代が変わり、現在の船橋の観光スポットはアンデルセン公園になった。

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旧大倉別邸(蔵春閣)

そして船橋ヘルスセンターで、注目したいポイント。

高級中華料理の長安殿(旧大倉別邸)である。

高級中華料理の長安殿(旧大倉別邸)

実業家・大倉喜八郎によって明治45年(1912)に、向島に建造された木造2階建ての建物。伊藤博文や渋沢栄一なども訪れたそうだ。赤線地帯として有名な鳩の街との関係も深く、カフェーが置かれた時期もあった。激動の時代を生きた建物。

近代和風を探る』(下巻)にて、貴重なカラー写真とともに蔵春閣の紹介がある。

 

蔵春閣の外観は純粋な日本建築だが、内部は基本的に椅子式の生活が想定、水晶のシャンデリアなど和と洋が混在した豪華な建物。特に鳥と桜の大理石タイルの廊下は圧巻。

その後は船橋ヘルスセンターに移設。中華料理店として再利用され、船橋ヘルスセンター廃業後はららぽーと付属のホテルさんガーデンの「喜翁閣」として残されていた。

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長安殿パンフレット

そしてなんと!昭和中期、長安殿時代のパンフレットの写真を地元のよ。さんからご提供していただきました。ありがとうございます。初めてみました!

長安殿パンフレット

フナバシヘルスセンター直営!

そして長安殿の由来や移築の背景が記載されています。この建物以外にも150坪あまりの旧館が存在したがそちらは老朽化のため移築を断念。日本座敷と中国館を増築したそうです。

巨費を投じて…時代を感じます。

 

2011年の写真

実は2011年頃に私も訪れていた。既に工事が始まっていたようだ。2013年に移築を前提に解体。

蔵春閣(2011年撮影)

現在は大倉喜八郎の出身地である新潟県新発田市に移築。

喜八郎自身はこの建物に特別の思い入れを抱いており、建設にあたっては「末代まで家の宝として保存するに足る」ものをという希望を抱き

まさに喜八郎の願い通り建物が保存されているのである。

国宝級といわれるほどに明治期の贅を尽くした内装。船橋市は昨年玉川旅館が解体され、歴史的価値の高い文化財が無くなってしまった。移築とかできなかったのかなと今更思う。

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船橋ヘルスセンター跡地の石碑

ららぽーと駐車場の北側、鳩のような石碑が建っている。

船橋ヘルスセンターの名残

1957年、『週刊読売』で行われた「全国温泉コンクール」に入選した際の記念碑だそうだ。

 

船橋ヘルスセンターの歴史。谷津遊園とは隣同士の駅というのに、こんなに大きな遊戯施設があったとは。位置関係がわかりづらいのでイラスト地図をざっくりと描いてみた。

船橋ヘルスセンターの変遷

知れば知るほど面白い場所。もし今も存在したらな…なんて。こんなに老若男女問わず楽しめる場所って珍しいと思う。かつて存在した遊園地などにスポットライトを当てて調べるのは、書いていて楽しいので各地を調べたいな。

もし小さなことでも知っていること資料などがあったら教えてください~

船橋競馬場駅からのレトロ散歩はこちらの記事。良かったら合わせてご覧ください。

「船橋競馬場」~「浜町浴場」裏道にはレトロな自動販売機も!駅から浜町の銭湯方面へ

次回は谷津遊園!

 

(訪問日:2020年11月)

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