「防衛食真空容器」缶詰の代用として作られた陶磁器製の容器

「防衛食真空容器」缶詰の代用として作られた陶磁器製の容器

偶然拾った陶器の欠片。普段であれば持ち帰らないけど、なんだか歴史を感じる言葉が並んでいたので持ち帰って調べると…!なかなか興味深い戦時中のモノでした。

拾った陶器の欠片

今回拾ったものは、前回の記事で紹介しているものと同日に拾ったもの。

大漁です~

今回の記事で紹介するのは、中央にある陶器製の欠片。

そう、欠片。だからあまり価値が無いのでは?と思うのが普通だと思う。けど、陶器の質感、書いてある文字『日本防空』などが気になったので帰宅して調べてみようという気持ちになった。

拾った瓶やガラスは自分が知らないだけで、意外と価値があるものである可能性があるので持ち帰るに越したことはない!と常々思いますね~

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防衛食真空容器

大きな方は、『防3 特許真空容器』
小さい方は、『大日本防空食糧… 小澤』と書いてある。

持ち帰った欠片

最初、この二つの欠片は違う場所で見つけたので違う製品だと思っていた。が、どうやら同じ製品のようで…

これらの文字を頼りに検索すると、「防衛食真空容器」であることが判明した。

第二次世界大戦中、金属類回収令によって食料を貯蔵する缶詰の代用として作られた陶磁器製の容器。

「うまか陶」の記事によると、元々は名古屋の陶器会社が開発したもので、その後有田の陶磁器会社に請け負わせて量産されていたという。

防衛食容器は高さが約10cm、蓋の直径が約7.5cm程。蓋部の中央の窪みに穴をあけて開封しました。窪みがわかりやすいように、矢印で示されています。窪みの下部には「フタヲトルニハ釘デクボミニ穴ヲアケ」の説明書きがある。

私が持っているのは蓋と側面の部分なので全体はかなり大きいようだ。

この容器はかなり市場に回ったそうだが、食糧が不足したため、生産中止に。私が持っているものに穴が開いている感じが無いので、未開封のまま戦後割られたと思われる。

欠片に書いてあった小澤という方は、日本防空食糧株式会社の社長の名前。

 

防3の数字の部分は地域によって異なるらしい。
私は初めて見た製品だったのだが、欠片でも当時のものを見ることができて感動した。

他の博物館で展示されているものをいつか見てみたいな…!成田山霊光館も所蔵しているらしい。