愛宕駅近くの懐石「あた后」。昭和初期の醤油醸造かの主屋である文化財

愛宕駅近くの懐石「あた后」。昭和初期の醤油醸造かの主屋である文化財

野田市の探索へ!今回は愛宕駅周辺の文化財からスタート。

この日のメインの目的地は、野田市駅近くの老舗旅館なので、チェックインまでの間、未だ歩いていない野田の町を歩きました。

東武野田線「愛宕駅」、再開発中

千葉県野田市中野台1217。東武野田線「愛宕駅」に到着!昭和4年に開設された駅であるが、現在新駅舎の工事中。2018年までは平屋の旧駅舎だったそうだ。

愛宕駅

駅名の由来は、駅の西側にある愛宕神社から来ている。「東武野田線の公式HP」が詳しい。

延長元年(923)に創建された古社で、野田開墾の後、里人が火難を防ぐため山城(京都)国愛宕から分霊を移したそうです。
農耕守護、五穀豊穣の霊験あらたかなほか、「愛子さま」と呼ばれ、子供の成長と育成祈願の神でもあります。
この愛宕神社から駅名が名付けられたと思われます。

駅構内には、「近代化産業遺産のまち野田」として、愛宕駅や野田市駅から歩いて行ける範囲の近代建築が紹介されていた。

野田の近代建築紹介

キノエネ醤油、旧野田商誘銀行、興風会館、市民会館、野田市郷土博物館、春風館道場。

野田市野田376-1にある、春風館道場は2008年にキッコーマンから寄贈された建物で「武道の殿堂」と呼ばれているそうだ。

千葉日報の2010年の記事「「武道の殿堂」来月再開 寄贈受け野田市が改修 春風館道場」によれば、キッコーマン同社社屋として大正6年(1917)に建築され、昭和2年(1927)に現在の野田に移転、翌年に道場として開館したのだという。

ポスターによると、内部見学可能なので今度また見に行こう。

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懐石「あた后」、国登録有形文化財

愛宕駅の西口へ。ヨークプライス野田店の北側に位置する文化財も見逃せない。

愛宕駅西口目の前

「懐石あた后」。口コミによると、野田市内で屈指の高級料理店だそうだ。

平成20年に国の登録有形文化財に登録されている。周りは高い生垣に囲われていて良く見えないが、格式高い場所であることは一目瞭然。

懐石あた后

野田市のHP「懐石あた后(かいせきあたご)」のページに詳しい説明がある。

懐石あた后店舗はもともと、昭和12年に醤油醸造家・茂木房五郎家住宅の主屋(居住棟)として建てられたものです。土蔵とともに昭和45年頃に現在地に曳き家されています。
平成20年に国の登録有形文化財となっています。
現在は店舗として使用されており、利用客以外の内部の見学はできません。

昭和12年(1937)築の文化財、元々はいくつもの蔵を所有する広大な屋敷だったが、居住棟と土蔵のみを移築し、料亭として活用したのだという。

看板にも文化財の文字

さらに、千葉県教育委員会の「懐石あた后店舗(旧茂木房五郎家住宅居住棟)ほか」のページに、建物について詳細が書かれている。

舗(居住棟)は、昭和12年(1937)の建築。木造平屋建で、桁行6間半、梁間4間。四周に縁を巡らし、屋根は入母屋造桟瓦葺に銅板葺庇を付ける。内部は部屋を2列各3室に配し、前列奥室が旧主人室で、トコや地袋、平書院などを設ける。縁周囲にはガラス戸を建て、欄間など細部には繊細な意匠を施してある。土蔵は、昭和前期のもので、土蔵造2階建。桁行8.4m、梁間5.4mの切妻造桟瓦葺。外壁は、柱形や窓枠などを表すモルタル塗仕上げとし、基礎のみ洗出し仕上げとする。平側に扉口を設け、銅板張の引戸をたて、壁上部の鉢巻に掛かる位置には小窓2ヶ所が設けてある。

現在はコロナの影響で休業と聞いていたが、ホームページもアクセスできない、電話もつながらないらしいので閉業してしまったのではと心配。

周りからは見えない

2015年に発信された「Jcamp-log」さんの「旧家で懐石!千葉県野田市にあるあた后」内に写真が載っていて、有難い。

土蔵

再開することはあるのだろうか。今後の行く末が気になる建物である。

(訪問日:2021年10月)